悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

ケーキを切れない非行少年たち  宮口幸治

いつものように通勤時に読んでいた本です。
タイトルは何度か目にしていましたが、どういう内容なのかは全く知らないままに読み始めました。



目次

はじめに

第1章 「反省以前」の子どもたち

第2章 「僕はやさしい人間です」と答える殺人少年

第3章 非行少年に共通する特徴

第4章 気づかれない子どもたち

第5章 忘れられた人々

第6章 褒める教育だけでは問題は解決しない

第7章 ではどうすれば? 1日5分で日本を変える

おわりに

内容

非行少年の犯罪が新聞やテレビでセンセーショナルに報道されます。
犯罪に手を染めてしまった少年たち、未成年であるために細かい情報は表には出てきません。
この本は医療少年院、女子少年院に法務技官として勤務していた宮口幸治さんが書いた本です。
ケーキの切れない非行少年たちというタイトルが目に惹かれます。
第1章で述べられているように、非行少年たちは「反省以前」に善悪の区別はともかく、様々な判断をするための脳や能力が育っていないということなのです。
普通の人が、当たり前にやっていることができない。
そしてそれは子供の頃の教育からすでに芽生えているのです。

非行少年たちを面談する中で、著者は明らかに普通の少年たちとは違うことを発見します。
それが、
簡単な足し算や引き算ができない
漢字が読めない
簡単な図形を写せない
短い文章すら復唱できない
ということでした。

つまりは、見る力、聞く力、見えないものを想像する力が土手も弱く、そのせいで勉強が苦手というだけでなく、話を聞き間違えたり、周りの状況が読めなくて対人関係で失敗したり、イジメに遭ったりしていたというのです。

小学校低学年でやっとついていけていた少年が小学校中高学ねになると、学習についていけず、学校では先生からは不真面目と思われ、友達からはバカにされ、家庭では虐待を受けていたりする子供が多いようです。
そして学校に遅刻するから、サボるようになり、義務教育を終える頃にはすでに立派な非行少年へとなってしまっているんです。
そして非行少年となって少年院兵器、そこではじめて「障害があったのだ」と気づかれるというのです。
学校でも学力の差があることはわかっていて、様々な支援を行っていますが、このような少年たちは「問題児」として片付けられ、支援に手が回っていません。
どうにも手に負えなくなった子どもたちが最終的に行き着く先が少年院であり、それは”教育の敗北”であるといいます。
第2章ではこの本のタイトルになっているシーンが登場します。
著者は非行少年に丸いホールケーキを3人で不公平がないように切り分けるように伝えたところ、3等分できないのです。
丸いケーキを半分に切って、その後どうしたら良いのかずっと悩んでいるといいます。
そして切ってもらった結果は知的障害を盛った子供の中に見られるような状態でした。
著者はケーキが切れないこのような少年たちが非行少年として凶悪犯罪を起こしていることに問題があると考えています。

非行少年の特徴を第3章では説明しています。
・認知機能の弱さ
 見たり聞いたり想像する力が弱い
・感情統制の弱さ
 感情をコントロールするのが苦手。
 すぐにキレる。
・融通の利かなさ
 何でも思いつきでやってしまう。
 予想外のことに弱い。
・不適切な自己評価
 自分の問題点がわからない。
 自信がありすぎる。
 自信がなさすぎる。
・対人スキルの乏しさ
 人とのコミュニケーションが苦手。
・身体的不器用さ
 力加減ができない。
 体の使い方が不器用。

日本ではIQ70以上あれば、「正常」であり、知的障害ではないとされていますが、

それは1970年代以降で、1950年代では知的障害はIQ85未満とされていたらしいのです。
つまり知的障害のグレーゾーン「IQ70~84」までの子どもたちは、知的障害でもなく保護されないままに、学校教育を受け、社会に放り出されているわけです。
本来なら知的障害者と同じく、支援を必要としていると述べています。

世の中で普通に生活をしていく上でIQが100ないとなかなかしんどいと言われています。
それがIQ85未満となると、相当なしんどさを感じているかもしれないのです。
しかし彼らはなかなか支援を求めることは志摩線
公的に障害を持っていると認定されるわけでもありません。
本来は保護しなければいけない障害者が犯罪者になっていると述べています。
少年院での面談などで知り得た情報ですが、著者は刑務所においても、このような人たちがかなりの割合で存在していると指摘しています。

褒める教育だけでは問題は解決しないということも強く述べられています。
褒める、話を聞いてあげると言うのはその場をつくろうのにはいいが、長い目で見た場合、根本的な解決策ではなく、子どもの問題を先送りしているだけと考えています。

「この子は自尊感情が低い」という紋切りフレーズにも警鐘を鳴らしています。
自尊感情のことは子供だけではなく、大人も同じです。
問題なのは、自尊感情が低いことではなく、自尊感情が実情と乖離していることにある戸です。
何もできないのにえらく自信を持っている、逆に何でもできるのに全然自信がない。

 

感想

読み応えのある本でした。
非行少年はやっていることは凶悪でも子供です。
少年法にも守られ、飛行を行っている少年たちに怒りを覚え、少年法を撤廃して、十代な犯罪は厳しく処罰すべきという意見を多くの人がもっています。
非行に走るメカニズムと言うのはよく語られます。
勉強が嫌い、家庭環境が悪いなど。
ではなぜ勉強が嫌いなのかということを掘り下げてみると、この本の内容とかなり結びつくところがあるのではないかと思います。
もちろん、勉強が全然できなくても、非行に走ることなく、立派な社会人として、家庭人として生活している人もいます。
ただその確率という面で見ると、勉強嫌い→疎外感→非行→少年院→犯罪者という人たちがとても多いのです。
あとがきにもありましたが、単一の犯罪の内容を見て、その非行少年を「極刑にせよ」などとと言うのは簡単です。
ただ、そこに至った経緯を研究し、そうならないためにどうすればよいのかということです。
非行少年、犯罪者と言うのは社会にとってはマイナスでしかありません。
犯罪者一人のための損失は国家にとって大きなマイナスです。
少年院にしろ、刑務所にしろ、一人の人間の面倒を見るための税金歯かなりかかっているのです。
そして犯罪行為によって実際に被害を受けた被害者の損失などを入れるとものすごい損失なのです。
非行少年、非行化を放置するのではなく、そうならないための措置というのが重要だというのがよくわかります。

非行少年の面倒を見たりしたことはありませんが、教育ということでは、新人教育で多くの人を見てきました。
私の職場では、社会人経験のある人がほとんどです。
ところが、新人として研修をし、その研修期間に辞めてしまう人が後をたちません。
もちろん、無理して継続する意味がないと判断するのは本人なので、こちらがいくら「もう少し頑張ってみませんか?」と言っても決定するの本人です。
コールセンターという職業からはコミュニケーション能力というものを求められますが、なぜコールセンターに就職しようと思ったのかわからないというタイプの人達を結構見るようになりました。
コミュニケーション能力というものには個人差はあるでしょう。
人付き合いのいい人、悪い人などもあります。
この人は今までどうやって生きてきたんだろうと思う人が増えたなあと思っているのです。
まあ、仕事なんていくらでもあるので、私達の職場では合わなかっただけとは思いたいのですが、「能力が足りない」と思えるような人が増えた気がします。
漢字が読めない、都道府県がわかっていないというひとや、歴史を知らない人など。
学歴は特に求めている職場でもないですが、社会人としての一般教養と言うのは何処にでも必要でしょう。
日本語が不自由というか、言葉遣いもおかしい人が結構います。
日本の教育は「できる子」「できない子」も分け隔てなく行いますが、これって誰のためなのでしょうかね。
勉強ができない子供には、その子に応じた速度、レベルでの教育を受けさせるべきですし、逆にできる子には退屈で時間のムダでしかないです。
もちろん教育は教科だけではないので、集団で行うことに意味はあるとは思いますけどね。

 

漫画も出ていますね。

 

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