いやあ、面白かったですね。
途中まで読んでいて、先の展開が読めてきましたが、それでも一気に読んでしまいました。
染井為人さんの小説は「悪い夏」に続いて2冊目ですが、前回の小説も面白かったですが、この小説もスピーディな展開でしたね。
登場人物
佐藤純
主人公。
コミュニケーションが苦手な若者。
タイガーマスクの仮面をつけると人気ユーチューバーのジョンに変身する。
栗山鉄平
元暴走族だが、イケメンなのでホストをしていた。
しかしうまく稼げず、暴走族の先輩のつてで振込詐欺をしている。
気が短くて、キレやすい。
この小説のもう一人の主人公。
西野
栗山の先輩で元暴走族。
陰湿な性質。
樋口
栗山の後輩で、暴走族。
栗山を慕っており、ともに振り込め詐欺の仕事をしている。
佐藤蘭子
純の妹。
そこそこの進学校ながら、金髪に髪を染めている高校一年生。
眞田萌花
黒髪の真面目な高校一年生。
ディズニーが大好きで、恋愛にも憧れているものの、花より団子。
日野梢枝
萌花と蘭子と仲の良い高校一年生。
萌花が憧れるほどの大人っぽく、スタイルも良い。
お金持ちの医大生の彼氏がいる。
あらすじ(少しだけネタバレ)
佐藤純は部屋に引きこもり、人気ユーチューバーのジョンとして、動画を配信しています。
タイガーマスクを被って、世間の悪を吊るし上げるという動画が受けたため、自らを正義の申し子と名乗っています。
その日の制裁ターゲットは振込詐欺をする森口と名乗る人物でした。
詐欺丸出しのメールとわかりながらも、情報弱者を演じて森口に電話をかけます。
うまく騙されるカモを演じながらも、ところどころに詐欺師の森口をおちょくるジョン。
このおちょくったやり取りがライブでYouTubeに流れているのです。
振込詐欺をするにはキレやすく、狡猾に立ち回ることができない性質の栗山鉄平は「森口」という偽名を使って営業をかけているわけですが、ジョンにおちょくられていることをようやく知り、同時にYouTubeで生配信されていたことを知り、怒りのためにブチ切れるのですが、ジョンの正体はわからず、不満が残ります。
どうしてもジョンに喧嘩でこの屈辱を返してやろうと誓うのでした。
栗山鉄平は長身でイケメンでしたが、幼少期は、男をとっかえひっかえする母との二人暮らし。
いつ帰宅するともわからない母を待つさみしい子供時代を過ごし、そのまま素行不良の少年へと成長します。
やるせない気持ちと寂しさから暴走族に入り、腕っぷしの強さを買われて、先輩たちからは一目置かれ、後輩には慕われていたようです。
しかしまともな仕事につけることはなく、ホストをしてみたものの、うまく稼げませんでした。
そんなときに暴走族時代の先輩の西野に誘われて電話での振込詐欺の仕事をすることになったのです。
後輩の樋口と同棲中の沙織がこの仕事に加わっています。
佐藤家は、そこそこ裕福な家庭ですが、父親は子育てに興味がなく、母はおとなしいだけの女性。
純の下には今年高校に入ったばかりの妹蘭子がいます。
蘭子は金髪で化粧に余念のないギャルでした。
そこそこの進学校なのですが、校則がゆるいということでそういう女子にとっては最高の高校です。
入学以降、自分と同じく髪を染めている日野梢枝と黒髪で真面目な眞田萌花と仲良くなり、いつも行動をともにしています。
高校になり、引きこもりの兄をバカにしています。
その日の兄は気が狂ったように蘭子に暴力をふるいました。
そして蘭子は警察へ通報するのでした。
うろたえる母親を後目にYouTube生配信中のジョンのもとへ、警官がやってきます。
そうしてジョンの身元の一部がわかるのでした。
栗山はジョンへの制裁を考え、彼の動画をチェックしています。
そして彼が「サトウ」という名前であること、東京に住んでいることがわかるのでした。
そんな頃、彼は長い間会っていない母から連絡があり、逢うことになります。
ところが息子に言った母の言葉は、金の無心でした。
ショックを受けた栗山は、そのままタクシーに乗って帰宅。
そこでさらにショックの追い打ちがあります。
この機会にこんな仕事を離れ、東京へジョンをしばきに行くことを決心します。
ほとんど人生を捨てたヤケを起こしている状況でした。
そこへついてきたのが後輩の樋口。
樋口は日頃から自分たちのボスである西野のことをよく思っていません。
彼は西野を襲撃して金を奪って逃げてきたのです。
彼氏が欲しい蘭子。
蘭子はあまり評判の良くない男子校との合コンを企画し、友人の二人を誘いますが、あまり乗り気ではない様子。
一方の梢枝は、彼氏がおり、お金持ちの医大生です。
梢枝は友人たちを誘い、彼氏の仲間が所有する船でクルージングをすることになりました。
暴走する過激YouTuberのジョンと詐欺師に向かない栗山の二人はなにかの縁に操られるように交わっていくのでした。
感想(ネタバレあり)
「ジョジョジョジョーン。笑いを愛し、笑いに愛された正義の申し子、ジョン様の登場だっ。今日もおまえらにジャスティスなショーをお届けするぜーっ。」
という台詞とともにハイテンションで登場する人気YouTuberのジョン。
初めから正体はわかっているだけに、かなり痛いのですが、この物語は喜劇なのかと思えば、そうでもありません。
現実にも、「各請求詐欺業者に凸してみた~」なんて動画はものすごくたくさんあったりします。
森口と名乗っていた詐欺師は栗山鉄平。
彼は家庭環境が悪く、不良になってそのまま暴走族へ入り、今はこんな詐欺の片棒をかつぐような仕事をしているのです。
もちろんやっていることは違法ですし、これまでも散々世間に迷惑をかけてきた人物。
しかし、この本を読み進めていくと、主人公のジョンよりもこの栗山鉄平に情が移ってきます。
イケメンで長身、ホストをやっていた人物でもあるのですが、後輩思いでもあるし、妙に義理堅い性格もしているのです。
なので、ホストも振込詐欺も上手に金を稼いでいるという人間ではありません。
世の中には色んなタイプの人間がいます。
子供は親を選ぶことができず、仕方なくこういう人間になってしまったと言えなくもありません。
ヤクザものが「俺もエエしのボンボンやったら、やくざなんかになっとらんわ」という言い訳をしますが、確かに生まれてきた環境、親によって育ち方は大分変わるのだろうと思うのです。
ただ、ひどい環境にいてもまともな人間になって立派になっている人もいるので、同情ばかりはしていられませんが、もし自分が鉄平のような立場だったら、マトモな人間になれたか?と言われると全く自信はありません。
もっとも私なんぞ喧嘩も弱くて、根性もない(つまりはヘタレ)ので不良にもなれなかったと思いますね。
だからこそシンパシーを感じるのはやはり佐藤純なのかもしれません。
可愛そうなくらいコミュニケーションをとるのが苦手な人物で、おとなしい人間。
学校では「いじめ」の対象となる格好の的だったのでしょう。
大変気の毒です。
ただ、彼は弱い自分を守るために第二の人格が登場します。
YouTuberとしてある程度成功し、ジョンは元の人間である純との関係が逆転していきます。
マスクをかぶらないとただの引きこもり少年の純であり、彼はひねくれて入るものの基本は善良な人間です。
自分をいじめてきた悪いやつらに対する感情をYouTubeというメディアをとして表現し、それによってお金もかなり稼ぐようになってきてからは、ジョンは調子に乗ってしまうのです。
純はジョンであり、ジョンは純でもある二重人格。
医学的には解離性同一性障害というものらしいです。
弱い自分を守るために作り出したもう一つの人格。
色々とジョンという人物は破綻しています。
栗山鉄平は喧嘩はやたら強く、キレやすい人物なのですが、後輩思いでもあり、義理堅いところもあります。
イケメンではあるものの、粗暴で狂犬のような人間です。
鉄平は屈辱を受けたジョンをぶっ殺すくらいのつもりで上京します。
そしてジョンこと佐藤純の自宅を突き止め、カラオケボックスで決闘することになります。
ジョンは正義の申し子を掲げてライブ配信で対抗しようとしたもののあえなく失敗。
あまりのヘタレっぷりに拍子抜けした鉄平は馬鹿らしくなります。
ところが鉄平は、ジョンの居場所を探しているときに、ジョンの妹である蘭子の友達の萌花と知り合ってしまいます。
恋に憧れる萌花は鉄平に恋心を抱き、ディズニーランドへ一緒に行く約束をしたのでした。
しかし、萌花は友達の梢枝と蘭子に引きずられるようにナイトクルージングに出かけ、危険な状況に陥るのです。
決闘する相手のジョンと鉄平は「正義の申し子」として彼女たちを救い出すという展開は熱くならざるを得ません。
この物語にはエピローグもあります。
犯罪に犯罪を重ねた鉄平は収監されてしまいます。
集団で15歳の少女に悪質な手口で淫行を企てた金持ちのボンボンたちの結末は全く書かれていません。
書かずとも、彼らは裁かれたと勝手に脳内解釈したいところですが、現実にはボンボンたちは親のコネによってお咎めなしということなんだろうか、と冷めた思いもよぎります。
全く生きてきた人生の違う純と鉄平ですが、1年後、刑期を終えて出所するときに待っていたのはジョンでした。
どちらも心から打ち解ける親友はいなかった者同士。
なかなかニクいエンディングです。