悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

悪い夏 染井為人

染井為人さんという著者は全然知りませんでした。
2017年横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞した作品だそうです。
この作品がデビュー作で、評価も高いようなので、読んでみたのです。

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登場人物

佐々木守
26歳の真面目な公務員。
生活保護受給者の自立を促すためのフォローをする、ケースワーカー

高野洋司
佐々木の職場の先輩だが、仕事ぶりは不真面目。
33歳の既婚者。

宮田有子
優秀な同僚で佐々木の同期。
スキがなく、冷淡なイメージ。

嶺本
直属の上司で中年独身男。
カラダを鍛えるのが趣味。
宮田曰く、ゲイとのこと。

 

田吉
42歳の生活保護受給者。
離婚歴のある独身。
担当は佐々木。

林野愛美
22歳のシングルマザー。
美空という4歳の女の子と暮らす生活保護受給者。
担当は高野。

莉華
愛美と同じく2歳の子供を持つシングルマザーだが、子供は実家に預けたままで育児は全くしない。
元暴走族のレディース出身。

金本龍也
風俗店店長は表の顔で、現在は地元のヤクザ森のぐみの構成員に収まっているが、元は東京新宿で派手にやっていた男。

石郷
ヤクザとズブズブの関係にある悪徳医師。

 

 

あらすじ

佐々木守は船岡市の社会保険事務所生活福祉課、保護担当課で働いています。
体は小さく、気も弱い彼は断ることが苦手な性格。
競争社会は向かないと自覚して公務員を選んだが、この仕事もやはり数字の追われるのです。
同じ職場には7つ上の先輩の高野がいます。
彼の勤務ぶりはとても褒められたものではなく、適当にサボってばかりです。
一方、佐々木と同期の宮田有子は抜群の成績を収めている女性です。

彼らの仕事は生活保護受給者の自立を支援する仕事。
しかし数字に追われるその実態は、不正受給者を探し、彼らから受給を諦めてもらうことです。
しかし不正受給を受ける人も一筋縄で行く人物ばかりではありません。

田吉男は元タクシー運転手でしたが、椎間板ヘルニアの診断を受けており、働けずに受給を受けています。
しかし、42歳という年齢であり、普通の生活にししょうがない状況から、就業すること、つまり自立を促しています。

山田は椎間板ヘルニアであったのは嘘ではありませんが、今は殆ど問題ない状況なのです。
しかし、もはや彼には働くつもりはないようです。
彼が生活保護を受けるようになったのは、タクシー会社をクビになった後、知り合った金本龍也と言うヤクザものの入れ知恵でした。
金本龍也は生活保護などの知識が豊富で、受給できるポイントを抑えているのでした。
彼の助言をもとに申請するとあっさり申請がおりるのです。
その代わり受給額の半分を金本に納めなければならないのでした。
生活保護を受けても半分もヤクザに上納していれば生活が成り立つはずもなく、彼は金本から仕事を回してもらって食いつないでいる状況です。

高野は勤務ぶりもひどいのですが、それ以上に悪に手を染めてしまっています。
林野愛美というシングルマザーが彼の担当するケースでしたが、彼女はセクキャバという風俗店で一時期働いていました。
そこで偶然高野が客として来て、働いて所得を得ていることがバレてしまうのです。
そこから高野は生活保護を止める事もできると言う口実をもとに愛美を脅し、体の関係を持つようになっています。
更には生活保護費の一部を高野にバックするようにもなっていました。
愛美が生活保護を受けるきっかけになったのは同じようなシングルマザーの莉華の誘いからでした。
そこから愛美は生活保護映えることができるようになったのですが、莉華に恩があるため、風俗店で働くことを拒否できず、一時働いているのでした。
莉華はシングルマザーとは言え、子供は実家に預けっぱなしで、店長である金本に惚れており、我が子が邪魔であるとまで言う女性です。

やり手の同期である宮田有子は先輩高野の不審な動きを知り、協力者として佐々木を引き込みます。
佐々木はやはり断れない正確なのか渋々宮田の駒として動かされることになります。
彼女は高野の不正のターゲットである林野愛美の家に佐々木とともに突然訪問します。
そこで宮田は高野の「クロ」はほぼ確信できたようですが、佐々木にとっては幼い美空ちゃんが虐待を受けていることを知り、林野愛美親子に同情するのでした。
少しの同情心から林野愛美の家庭に深入りすることになってしまった佐々木です。

同時期、愛美の苦境は莉華の口を通して金本の知ることとなります。
目ざとい金本はこれを利用しない手はないとばかり手下の山田を動かして、決定的な証拠を手に入れるのでした。

高野の不正は金本たちとは別に佐々木たちも知るところとなりました。
一方で高野はヤクザの金本に追い込まれている状況でした。

この後、彼らを取り巻く状況が、とんでもない事件となっていくのです。

感想

この物語に出てくる人物はもうどうしようもない人たちばかりです。
もちろん、佐々木守という人物は本当に気の毒な役回りです。
あとがきに作者が書いていますが、この物語は悲劇であり喜劇であると。
喜劇として読めば幾分救われた気がしますが、佐々木守が可哀想すぎます。

最近読んだ本の中にも生活保護を扱ったものがありました。

 

tails-of-devil.hatenablog.com

 


「護られなかった者たちへ」は映画にもなって、日本アカデミーにもノミネートされていました。
こちらもなかなかひどい話でしたが、この物語は更に救いようがない気がします。

人間のクズばかりが登場しますが、その中でも真正の悪はヤクザの金本でしょう。
それと同格と言えるのが、悪徳医師の石郷。
高野も相当に悪いですが、正義の仮面を被っていただけなのが、宮田と言う女性です。
最後にそう来るか~という展開が待っています。
愛美の友達を装っていますが、筋金入りのワルの莉華は頭が悪いだけのバカ女でしょう。
ヤクザものに惚れるという時点でやはり普通じゃないでしょう。
邪魔になったという理由で自分の子供を殺めてしまう若い女性が実勢にクローズアップされたりしますが、そういうタイプですね。

この物語のキーとなっているのが、愛美ですが、彼女も救いようがない人物です。
なんとか普通の幸せを見つけようとあがいているところはありますが、戻りかけた正常な道から、また踏み外した道へと舞い戻ります。
善良な人物を巻き込んで。
彼女たちには更生する道はないのでしょうか。
本当に可愛そうなのが美空ちゃん。
幼く何もわかっていない4才児ですが、母親からの虐待を受けて笑顔を忘れ、言葉も忘れてしまっています。
子供らしさはおろか、人間性も失いかけているのかもしれません。
愛美の独白にもありましたが、愛美も母親からの虐待を受けて育ってきた女性。
負の連鎖というものは続いてしまうのでしょうか。
悲しいことです。

不正受給はたしかに喜劇のネタにもなりますが、ネタに済ませてはいけない人たちもいます。
本当に必要としている受給希望者に生活保護費が渡らず、子供を連れて無理心中をしてしまいます。

ヤクザものや不正を働く公務員がどうなろうとそれは自業自得ですが、生活保護というセーフティネットが機能しないことに対してとても悲しい気持ちになります。

レベルは違いますが、お客様相談室において顧客対応していると、本来十分なサポートを必要としている人たちと無理難題を平気で言ってくる人たちと同じ構図だと感じます。

結局は、声の大きいやつが勝つ、ずる賢く立ち回るやつが勝つ、そういうのがまかり通っていることが歯痒い気持ちにさせてしまいますね。

 

エンディングも作者は笑いに持っていきたかったのかもしれませんが、全然笑えない内容ですね。

 

 

 

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