悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

虹の岬の喫茶店 森沢明夫

5月も終わりですね。
で、梅雨の始まり?と思うような大雨があったと思えば、全国で真夏日が記録されるなど、5月の天気とは思えませんね。

 

森沢明夫さんの小説です。
通勤中に読んだものですが、お昼休憩などにも食事はそこそこに読んでしまいました。
ほのぼのとした物語なのですが、なんだかいい感じなんですよね、森沢さんの小説は。

目次

第一章 <春>アメイジング・グレイス

第二章 <夏>ガールズ・オン・ザ・ビーチ

第三章 <秋>ザ・プレイヤー

第四章 <冬>ラヴ・ミー・テンダー

第五章 <春>サンキュー・フォー・ザ・ミュージック

第六章 <夏>岬の風と波の音

あらすじ

各章ごとに登場人物は異なっていますが、ある辺鄙な場所にある岬で静かに佇んでいる喫茶店、「岬カフェ」が常にその舞台です。
そこの主人は女性の柏木悦子さん。
夫に先立たれた未亡人で、元ピアニスト。
夫は売れない画家で、その店に飾ってあるのが彼が書いた一枚の絵。
悦子さんが淹れるコーヒーは絶品で、この店に来るお客さんの心を捉えてはなさないのですね。
そしてお店へお客様を誘うのは、この店の案内犬であるコタローという犬です。


第一章では、若くして妻に先立たれた陶芸家と幼い娘の話。
葬儀が終わり、娘とたった二人で生きて行くのですが、ふと虹を見かけ、娘が漏らした言葉は、虹を登っていったら、お母さんに会えるかな?ということ。
そんなときに娘を連れてドライブに出かけ、ふらりと入ったお店がこの場所でした。
娘はその喫茶店にある絵を見て、素敵な虹を見つけたというのでした。

美味しいコーヒーと音楽のお店。
ふとした会話から悦子さんはこの親子の妻(母)に先立たれたことを知ります。
ふと流れてくる音楽は「アメイジング・グレイス
彼らにぴったりな音楽でした。
悦子さんは言います。
「人間って、生きているうちに色々と大切なものを失うけど、でも一方では『アメイジング・グレイス』を授かっているのよね。そのことにさえ気づけたら、あとはなんとかなるものよ」

この陶芸家はこのお店に自分の焼いたコーヒーカップを送ろうと思うのでした。

 

第二章は就職が決まらない大学生が単気筒のバイク、クラブマンに乗って走っていたときにガス欠になったことからこの喫茶店へ立ち寄るのでした。
ガタイの良い怖そうな人がいました。
そして片足の先を失っているこの店の犬、コタローがお店へと誘導します。
ガス欠のバイクを押して汗だくになっていた彼は、とりあえずアイスコーヒーを注文。
音楽の注文はよくわからないようなので、店主の悦子さんに任せるのでした。
アイスコーヒーはとても美味しくて、素直に美味しいと告げるのです。
悦子さんは、ホットコーヒーならもっと美味しいと言うと、追加でホットコーヒーを注文。
確かに美味しいコーヒーでした。
流れてくる曲は『ガールズ・オン・ザ・ビーチ」。
悦子さんいわく、夏と恋とこの曲はセット売りだといいます。

悦子さんはガタイの大きな人は浩司という人で、ぶっきらぼうだけど音は優しい人だと告げます。
そして店の中にはきれいな虹の絵と荒々しい力強さを感じる絵が飾ってありました。
力強い絵を描く人はこの店の常連で、ちょうどこの店にやってきたのでした。
その人は画家志望の若い素敵な女性でした。
悦子さんは「恋のはじまり」を予感します。

第三章はちょっとした「事件?」から始まります。
岬カフェに空き巣に入った泥棒の話です。
しかしもともと悪人ではないこの泥棒さんは、結局悦子さんのペースに巻き込まれ、ご飯まで世話になることになるのです。
彼は包丁研ぎの職人でした。
しかし最後の鍛冶屋が終わり、自分の仕事がなくなってしまったのです。
そんな夢も希望も失い、破れかぶれで起こした今回の空き巣ねらいだったのです。
悦子さんは、夢がなくても祈り続けないといけないといいます。
「いろいろあって、自分の未来に夢も希望もないんだったら、他人の未来を祈ればいいじゃない。あなたにだって大切な人の一人や二人、いるでしょう。そういう人の未来が少しでもいいものになりますようにって祈って、そのために行動していれば、人はそこそこ素敵に生きていけるのよ。」


第四章二登場するのは悦子さんよりも年上の男性タニさんのお話。
この店の古くからの常連さんです。
このタニさんは独身で、大好きなこの岬カフェに別れを告げる物語。
ずっと心に秘めた思いを伝えようと思いつつ、ずっと伝えられないまま。
年配独身男性のはかない恋を描いた内容でした。
悦子さんは、人生経験も豊富で不思議な魅力を持った女性。
そして鋭い感性もあるのだけれど、自分に思いを寄せる男性がすぐそばにいることに気づいてくれないのですね。

第五章はここまで何度も登場していた浩司さんのお話。
浩司さんは、悦子さんの甥っ子にあたります。
若い頃は体格もよく、相当なヤンチャで暴走族のヘッドをやっていたそうです。
彼の有り余るエネルギーを暴走族から変えたのは音楽、ロックンロールでした。
そして仲間とバンドを組んで、それなりに活躍できるようになったのですが、このバンドの中心メンバーであるヴォーカルのショーと揉めてしまったのでした。
そんな過去を持つ浩司は岬カフェの直ぐ側に音楽の演奏ができるバーを作っているのでした。
その目的はかつて自分の青春時代が詰まったバンドを中年となった今、復活させてみたいという気持ちからでした。

 

第六章はやはりというか、悦子さんの物語になります。
そしてこの岬カフェに飾られている悦子さんにとって最も思い入れのある虹の絵。
その本当の正体を知る時が来るのです。

 

感想

毎回楽しく読ませてもらっている森沢明夫さんの小説。
とは言え、まだ3冊目ですね。
偉そうなことは言えません。

森沢さんの小説に登場する人物はいずれも魅力的ですが、特別な人達は一人もいません。
むしろ普通すぎるくらい普通の人。
でもそんな普通の人を精緻な心理描写で丁寧に描かれているので、ぐっと来ますよね。
TKG、卵かけご飯が無性に食べたくなるような本だった、「ヒカルの卵」。
バカ?と思ってしまうような素敵な主人公でしたね。
そんな彼をコッソリ応援する仲間たちもとても格好良かったなあ。

 

 

 

そして、都会から逃げてきた孫娘と暮らすことになった物語。
海のおじいちゃんを頼って逃げてきた孫娘エミリは心が傷つきぼろぼろのじょうたいでした。
美味しいおじいちゃんの手料理と田舎暮らしで癒やされたものの、物語の途中ではなかなかどぎつい仕掛けもありましたね。

 

 

茶店の話なので、「純喫茶トルンカ」とかぶるところはありますが、ロケーションもぜんぜん違うため、似ているところもあるけれど、やっぱり全然別ですね。

 


 

 

「俺の経験では、夢を追いかけない人生を選ぶのにも、充分に勇気がいると思ったんだけどな」
第二章に登場するイマケンと会話していた浩司さんのセリフです。
この言葉に触発されて、なんとなく就職活動していた彼の将来は変わったんですね。


この小説には浩司さんは何度も登場します。
主役ではないけれど、そこらの脇役とは違う役どころ。
そしてイマケンの登場シーンはこのときだけですが、他の章でもその名残があるのです。
同じように他の登場人物もどこかの物語になにか関わっています。

悦子さんという女主人。
初老の彼女は大変魅力的な女性です。
へつらうわけでもないけれど、横柄な態度でもなく、爽やかな人柄。
こんなお店があれば繁盛しているはずなのですが、ここはとても辺鄙なところ。
雑誌で紹介してもこの場所にたどり着けないほどのところなのですね。
美味しいコーヒーと素敵な音楽。
見晴らしの良い景色と海。
本当に素敵な居心地で、常連さんは、こんな辺鄙なところであってもやっぱり来たくなるのですね。

これはドラマや映画に向いているなあ、と思っていたら、この本の表紙にもあるように映画化されていました。
吉永小百合さんが当然悦子さんで、鶴瓶師匠はタニさんでしょうか。
阿部寛さんは当然浩司さんでしょうね。
映画化されてタイトルは「ふしぎな岬の物語」という風に改変されています。
機会があれば見てみようと思います。

 



Copyright ©悪魔の尻尾 All rights reserved.