悪魔の尻尾

みなさ~ん、元気にしておりますか?

オカシナ記念病院 久坂部羊

画像はAmazonよりキャプチャ

久坂部羊さんという方による書籍です。
初めて読む作家さんですが、医療関係の小説が多いようです。
Kindle Unlimitedにて読みました。

この本の目次

Episode 1 赴任

Episode 2 臨終

Episode 3 自由

Episode 4 検診

Episode 5 青年

Episode 6 嫌煙

Episode 7 縮命

Episode 8 離任

登場人物

新実一良(にいみいちろう)
主人公の後期研修医。
東京の白塔大学出身のエリート医師。
沖縄にある南沖平島にある岡品記念病院に後期研修のためにやってきます。

岡品意了(おかしないりょう)
岡品記念病院の院長です。
白塔病院という東京の最新医療に携わっていた医師ですが、思うところがあって南沖平島の総合病院を運営しています。

福本光恵(ふくもとみつえ)
看護部長。
50代の貫禄のある看護師たちを束ねるリーダー。

宇勝なるみ(うかつなるみ)
新実と同年齢の看護師。

安部和彦(あべかずひこ)
副院長です。

速石覚(はやいしさとる)
内科医長で副院長です。

黒須静(くろすしずか)
外科医長です。

大平芳久(おおひらよしひさ)
島随一の会社である沖平製糖の重役で、島民の中では非常に医療意識の高い人物。

大平洋一(おおひらよういち)
大平芳久の孫で阪都大学医学部の学生です。
研究医を目指しています。

新実美貴(にいみみき)
一良の叔母でテレビコメンテーターとしても活躍する人物。

あらすじ

白塔大学病院での前期研修を優秀な成績で終えた新実一良は、成績だけでなく人間味のある医師になろうと思い、自身の母校である白塔大学出身の岡品医師が院長を勤める沖縄の南沖平島にある岡品記念病院にやってきました。
そこではユニークな医師や看護師とともに独特のヤギのフルコースで新人歓迎会出迎えられます。
やる気の塊であり、教科書通りの知識の塊でもある新実にとって、この病院の医療方針は驚くべきことの連続です。
そんな中で、新人医師として新実一良は様々な提案をし、院長岡品もそれを許可して実施します。
がん検診もその一つです。
しかし、彼の目論見通りには行かずに挫折。
更には認知症セミナーなども開催するものの、島の住民にも病院内の医師たちにも認めてもらえません。
納得ができないことの連続でありながらも、人間味あふれる岡品院長の考え方に触れ、さらに島民の「命」に対する意識に触れていくに連れ、新実一良は「医療とは何だ」ということを改めて考えさせられていくのです。

所感

昔から医療を扱った小説は数ありますが、この本は登場人物や病院の名前などを見ても分かるようにかなりコメディに振ってある内容です。
そして医療という人の命に直結するネタですが、これがコメディと相性が良いのは今も昔も変わらないという気がします。
私の子供の頃にはケーシー高峰というコメディアンもいて
まあ、ネタによっては不謹慎だ~とお怒りになる方もいるかも知れませんが、この本はコメディタッチなのですが、テーマとなる現代医療の闇を描いており、その部分はとてもシリアスで、非常に考えさせられることが多いです。
医療ドラマや小説というのは多くのファンを持つ一大ジャンルだと思いますが、医療関係者から見れば噴飯ものである内容も多くあるのでしょう。
現役の警察官から見れば、刑事ドラマで活躍するキャラクターなんてありえないというのと似ているのかもしれません。
この小説の中でも医療ドラマのセリフなどがあったりしますが、現実のドラマをディスっている気がしないでもないです。
作者の久坂部羊さんは作家さんでもありますが、もともとは医師ということで思うところは多々あるのだろうと思います。
そして久坂部羊さんの父親もまた医師で、がんが発覚したときに延命治療を受けずに静かに亡くなったらしいです。
おそらく父を尊敬していると思いますが、その考え方に強く討たれたのだと思います。
大阪府堺市出身で三国ヶ丘高校から阪大医学部へ進んだ久坂部氏はまさに医者を目指す人間としてはエリートコースを辿りましたが、この本の内容と同じく、医療の目指すところに疑問を感じ、コメディタッチで読者に問いかけているのだと思います。
老人大国の日本。
現状維持、事なかれ主義では医療崩壊は止められません。
更に言うなら年金などの問題にも波及します。
人間は死ぬものであり、永遠には生きられません。
もちろん最先端の現代医療を駆使すれば、”寿命”を伸ばすことは可能でしょう。
でもそれは”生きている”ということにはならないとも感じます。
死なせてあげるということも「愛情」だと思います。
傍からはいろいろな批判めいた声があるでしょうが、治療を受けて死にきれなかった患者もそれを看取る家族も幸せなのでしょうか。
個人的には、延命治療を完全に否定しているわけでもないですが、自分は治る見込みが低い治療や延命のためだけに耐えなければならない治療というものは受けたいとは思わないですね。
残りの人生を何に使うか?という時間的な余裕はほしいです。
残りの人生を延命治療に当てて終わらせるということだけは絶対に嫌ですからね。
この本には現代医療の闇があからさまに描かれています。
医療界の人からするとけしからんという意見もあると思いますが、同時にそのとおりだと思っている人も多いと思います。
還暦を迎えて、自分の持ち時間というものを少しは考えるようになりました。
人生百年時代といいますが、物理的な百年よりもその時間に何をしてきたかということに大きな意味があると思います。
程々の医療でいいです。
見てもらっている医者に対しては失礼ですが、医者の都合で入院や手術をされる患者にはなりたくはないと思いますね。

最後に、この本の気に入ったフレーズをメモしておきます。
なかなか深い言葉もありますが、現代医療の闇の部分も感じます。

患者は当然、医師の指示に従うべきだ。なのにここでは、患者が一良の指示を吟味し、承諾するか否かを決めているようだ。

「医師が病気を治すのは、よいことじゃないんですか」
「患者がそれを望み、なおかつ確実に治せるときはそうだろうな。しかし、治療がうまく行かないときはどうだ。治せないだけでなく、患者にはさまざまな苦痛や弊害をあたえることにはならないか。場合によっては命を縮めてしまうことだってあるだろう。」
(新実一良と岡品院長との会話)

「医師の多くは病気を治すことをよいことだと思っている。だから、医学的な判断を優先したがる。しかし、そのためにかえって患者を苦しめたり、良くない結果になることもあるのじゃないか」

「この病院の方針は、まず患者に満足を与えることだ。だから患者の気持ちは最大限、優先する。治療も患者がやってくれと言うならとことんやればいい。しかし、患者が求めていないのに、病気を治そうとするのは、医者のおごりだと私は思うよ。」

「都会の病院では、患者様などと口先で患者を大事にするふりをするが、実際には医療の都合ばかり優先するだろう。それで結果が悪くても、残念でしたで終わりだ。傲慢じゃないかね」

「病気も異常も、検査さえしなけりゃ自然に治ることもある。時間はかかるが、そのほうが副作用もないし、治療で全身のバランスを崩す心配もないんだ」

「放っておいて手遅れになる病気は、早期に見つけたって治らないのが多いんだ。治る病気は、症状が出てから治療しても治る。症状のマイノに、あれこれ病気をさがすなんてのは余計なことだ。医療は出過ぎたまねをしてはいけない。それが岡品院長のモットーだ」

高額な検査機器を揃えていても、使わなければ収入にならない。それが「出来高払制度」だ。この制度では、検査や治療はやればやるだけ儲かる。だから、「念のために」という便利な言葉で検査をし、あれこれ異常を見つけては治療し患者をリピーターに仕立て上げるのが多くの医療機関のスタンスだ。

「当たり前だ。理想や理念では現実は動かない。二宮尊徳も言っているだろう。道徳なき経済は犯罪。経済なき道徳は寝言とな」

「医療の都合がまかり通ってしまうからな。患者を最優先するなら、医療は道を譲らなければならない。医者は病気を治すことを優先したがるが、患者にはいろいろな都合がある。薬が好きな患者もいれば、嫌いな患者もいる。検査が好きな患者もいれば、嫌がるものもいる。入院が安心だという人もいれば、早く帰りたいという人もいる」

「医療は必然的に患者を生み出そうとする。矛盾しているとは思わんかね。病人を減らすことが目的なのに、患者を増やそうとしているだから。特に今の日本は、さまざまな操作で健康な人間を病人に仕立て上げている。メタボ健診なんかはその最たるものだ。」

「日本のあちこちで高齢化率が高くなっているのは、若者が減っているからではない。高齢者が不自然に長生きしているからだ」

現代医療は病気を診て患者を見ない

「君は健診の実体を知らんのか。健診や人間ドックは、世間の健康欲求につけこんで、健康な人間を医療に囲い込み、患者に仕立てるビジネスなんだ。血圧だって、元々の基準は160の90以上だったのが、いつの間にか140以上だと薬をのますようになっただろ。コレステロールも250以下が正常だったのが、今は220以上で治療が必要となる。腹部エコーも肝血管腫とか腎のう胞とか、症状も治療の必要もない異常を見つけて、やれ精密検査だ、定期検査だと素人を医療機関に誘い込む。悪徳商法も良いところだ」

「がん検診には膨大な無駄が含まれる。検査の無駄、時間の無駄、医療費の無駄、体力の無駄、精神的な無駄もある。それでも、わずかなリスクを避けるために、受けるというのも一つの選択肢だ。検診を受けずに、無駄を省いてのんびり生きるのも同じくだ。二人に一人ががんになるということは、二人に一人はがんにならないということだから、その人にとっては健診はすべて無駄ということになる」

「こんなものとあきらめているのか。医師はみんなわかってやっているんだ。その証拠に、がん検診を受けている医師はごく少数だろ」

「患者を救うために懸命な努力を重ねているのだけれど、結果は惨憺たるものになる。自分ががんになったら、こんな手術や抗がん剤治療は絶対に受けたくない。それを患者に行うのは、はずべき欺瞞じゃないか」

「それにしてもムカつくのは、テレビや新聞で綺麗事を垂れ流す連中よね。現場の実体も知らずに、あるべき介護とか、誰もが安心して暮らせる老後とか、おとぎ話みたいなことを言って、恥ずかしくないのかしら」

「死なせてあげる以外、どうしようもない高齢者は厳然としているんです。それを否定する人は、自分の手を汚したくないだけなんです」
宇勝なるみの言葉

「おまえな、患者がせっかく往生しようとしているのに、チューブやカテーテルを突っ込んで、無理やり活かして、よけいな苦しみを与えて良心が痛まないのか」
「でもやるだけのことはしないと」
「それを医者の驕りというんだ。医療は市に対しては無力なんだ」
御臨終を見届ける速石医師との会話。

「やるだけのことはやったというある種の納得を得ていたはずだ。それは医者と家族の自己満足だろう。あるいは、後で悔やまないための免罪符だ。そんなことのために、つらい目に遭う患者の身にもなってみたまえ」

「近代医療はな、治癒と延命ばかり追い求めて、死にゆく人への配慮に欠けていたんだ」


 

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似たようなテーマですが、よりエンターテイメント寄りの小説です。
コメディ要素はありません。

 

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