悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

秘密な事情 清水一行

経済小説と言われるものはあまり読んでいないのですが、読んでみるとなかなか面白いのです。
ムッくんさんの影響で読み始めた清水一行さんの本ですが、次に手にした本がこちらの「秘密な事情」。
これは松下電器の公表できないスキャンダルとそれを表に出さないために、ウラ広報と言われる部署で働く人の物語です。



 

登場人物

堀川陽一郎
この物語の主人公。
真面目で几帳面な広報部の人間。
大変優秀な人物だが、広報とは名ばかりで、現実にはスキャンダルを事前に抑え込む「ウラ広報」のスペシャリスト。

足立香里
堀川の行きつけのシャンソンクラブの歌手。

オーナー
経営の神様とも言われるほどの立志伝中の人物。
もちろん、モデルは松下幸之助氏。

金沢
堀川の上司で、日和見な人物。
責任は取らず、成果は自分の手柄とするサラリーマンの処世術が優れた人物。
最終的に取締役になる。

雅道社長(会長)
オーナーの娘婿で婿養子となる。
華族で東大法学部卒。
ただし、オーナーからは経営者としての能力を見限られている。
モデルとなるのは、松下正治氏。

北川
オーナー一族外の人物で、エンジニア出身。
異例の出世を果たして社長に就任する。

 

あらすじ

堀川陽一郎は、東京出身でしたが、大学を卒業し、大阪に本社を構える家電メーカーに就職します。
広報の専門部署はなく、配属は東京宣伝課。
彼が就職した会社は家電メーカーで、重電部門を持たないメーカー。
それでも立志伝中の人物であるオーナーの元、飛躍的な成長を遂げていきます。
堀川は、そうした時代に、製品の宣伝ではなく、会社のPRといった広報部門設立を上司である宣伝部長の金沢部長へ提案します。
しかし、金沢は煮え切らない人物で、堀川の提案を放置します。
ところが金沢は自身のチョンボにより、宣伝部長の椅子を取り上げられてしまいます。個人的に美味しい思いのある東京出張に未練があり、ここに来て堀川の提案を取り上げることになりました。
そして広報部が発足します。
その頃、社内ではオーナーは社長から会長に退き、娘婿である雅道氏へバトンタッチします。
雅道氏は旧家族の出身で東大法学部のサラブレッドでした。
オーナーの長女と結婚し、婿養子となった時点で、次期社長の椅子は約束されているようなものでした。
ところが、雅道氏は不況のあおりを受け、経営が大きく傾きます。
会長に退いたはずのオーナーが陣頭指揮をとって、会長権営業本部長兼任するという状態となり、立て直しに出ます。

マスコミに叩かれると商品の売れ行きに相当な影響があることがわかります。
広報という本来の意味を知らないこの会社の上層部は、広報部の力を持ってマスコミに叩かれるのをうまく防げということになるのでした。
そうしてその任務を追うことになったのが堀川でした。
本来はそういったマスコミに叩かれるような商品や販売に問題があるはずなのですが、上層部は「臭いものに蓋を」という方針を取ったのです。
堀川はわからないままに手探りでマスコミの人たちとの交流を深め、人脈をコツコツと作っていきます。
堀川はこのような「ウラ広報」の仕事を好んでやっているわけではないのですが、真面目で几帳面な彼は様々な苦労を乗り越えて経験値を上げていきます。

会社は成長し、オーナーの名声はどんどん上がっていきます。
となると堀川の仕事は広報ではなく、まさにオーナーのプライバシー防衛のための部隊となっていくのでした。
彼はオーナーのプライバシー防衛という任務を完璧にこなしていきます。
オーナーは20歳で結婚し、娘一人を授かります。
しかし、東京に愛人を作り、彼女は30歳も離れている人物でした。
社内では知る人ぞ知るところで「四ツ谷夫人」と呼ばれていましたが、マスコミには出ていません。


堀川はついに広報部の部長に昇進します。
ところがオーナーは早くから娘婿の雅道氏に経営者としては期待しておらず、彼を会長に退けて、エンジニアであった北川を新社長に抜擢しました。

新社長の北川はオーナーの期待に応えようと、これまでの澱んだ社内を変えようとします。
ところが追い出された形になる会長の雅道氏一派は反発。
ここに大きな派閥抗争が起きます。

そんな折、週刊誌にまずいことが書かれそうだと言う情報をキャッチします。
そしてその内容を調べてみると、まさに社長の北川が危惧していた不祥事でした。
そして部下にその対応を任せるも子供の使いのような対応で、このままではまずいと判断します。
堀川は自らマスコミの週刊誌へ訪問し、なんとか一番まずい部分だけは食い止めるのでした。
週刊誌が発行され、それが問題となります。
これまで堀川の身を削るような仕事によって出世していった上司たちは、実際に矢面に立ってそれこそ身を挺して戦っている堀川の苦労もわからず、火の気があると自己保身に走るのです。
つまりは今回の週刊誌の記事が出た責任は堀川にあるということで詰め腹を切らされてしまいます。
堀川は閑職に追いやられ、すっかりやる気をなくしていたのですが、それでも彼は会社をやめることはできませんでした。
そんな折、情報屋が持ってきたネタがかなりきな臭いものでした。
相手は会長の雅道氏。
頼りになる人物はおらず、圧倒的にこういう事案の対処方法を心得ている堀川が指名されることになりました。
雅道氏にも表には出ていないものの、尼崎に愛人がいました。
女優の卵であった大変綺麗な女性で、彼女との間にも娘が二人いたのです。
上の娘は離婚。
その原因もスキャンダラスな内容でした。
下の娘の夫は大変素性の悪い人間でした。
果たして、堀川はこのスキャンダルを抑えることができるのでしょうか。

 

感想

パナソニック人事抗争史」という本があります。
そちらはまだ読書していないのですが、大まかな内容はわかっています。
そういう内容とこの「小説」はかなりの部分で一致しています。
パナソニックという会社になりましたが、ご存知松下電器という家電メーカーです。
家電メーカーはどんどん没落し、サンヨーはなくなり、シャープも台湾の会社になってしまいました。
もうパナソニックという会社名に変更されて随分と経つのですが、それでも未だに「幸之助神話」は生きています。
「道をひらく」という本を私も持っています。
聖人君子ではなく、優れた経営者の一人であることは明白でした。
とは言え、ワンマン社長で、家族主義。
表に出てこなかっただけで、今のパナソニックの凋落ぶりは松下幸之助さんが亡くなる前からすでにその芽があったということがよくわかります。

パナソニック人事抗争史」では、陰湿でパナソニックをぐちゃぐちゃにしたのが娘婿である正治氏となっています。
こちらの小説では、有能な人ではないですが、そんなに悪い印象はありません。
むしろオーナーにゴマをするだけの人間や小番頭みたいな連中が会社を末永く発展させるための手を打ってこなかったためというのがわかります。
天才的な嗅覚を持っていたカリスマ経営者を失ってからは、リーダー不在の状態になってボロボロになったんですね。
それにしても早くから娘婿の経営者としての資質を見抜いていたのなら、なぜ失脚させることができなかったのでしょうか。
愛人を作って本妻に頭が上がらなかったのでしょうか。
偉大な経営者である松下幸之助さんも、自分の娘よりも若い女を愛人にして、その子どもたちにも口利きをしているところを見ると、ただの老人ですね。


これも小説ですので、事実とは無関係な部分も多いでしょう。
しかし、あとがきには前回のように実際にあった事件をヒントにした「創作」とは一言も書かれていません。

Copyright ©悪魔の尻尾 All rights reserved.