先日読んでいて、無性にTKGが食べたくなった、そんなお話です。
森沢明夫さんと言う作家の「小説」です。
実話ベースかな?と思いつつ、モデルとなるケースはあるものの、殆どはフィクションで、全て架空の人物であるとあとがきに書かれています。
出来すぎなお話ではありますが、読んで良かったな、と後味の良い小説です。
あとがきからの抜粋(というか冒頭の文章)
「裕福」と「幸福」は、決してイコールでは結べません。
じゃあ、「幸せの本質」って、一体何なのだろう?そんな問を胸にいだきつつ、産みたての卵のようにほっこりとした小説を書いてみました。
この本の目次
第1章 卵ブーメラン
第2章 傷つかない心
第3章 ヒカルの卵
第4章 商売の真髄
第5章 魔法の醤油
第6章 真夏の転機
第7章 屈託なき笑顔
第8章 男と男の約束
第9章 ボーイ・ハント
第10章 エピローグ
あとがき
登場人物
村田二郎
ムーミンに似ていることから、集落のみんなから「ムーさん」と呼ばれている好人物。
底抜けのお人好しで、口癖は「俺、ツイてっから」。
亡き父を尊敬しており、父が苦労して作り上げた養鶏場に愛情を注いでいます。
中村直子
ムーさんの同級生。
同期のマドンナで、都会で仕事を見つけて、結婚したが、離婚して田舎に出戻ってきた娘。
今は母の経営する村で唯一の居酒屋を手伝っています。
柔道はインターハイ出場したほどのとても強い女性。
臼山大吉
ムーさんと同い年の集落の若者。
ガキ大将だったが、今や結婚して一人娘の菜々を溺愛する良きパパとなっています。
ムーさんのやろうとしていることに対して心配のあまり、喧嘩することになります。
中村富美子
トミ子婆と呼ばれる集落で唯一の飲み屋「居酒屋トミ子」を営む女性。
非常に無愛想な店主だが、料理の腕は一流。
娘が離婚して戻ってきたことに対しては複雑な心境のようです。
若部剛
ワンマンオーナーの父と仲違いし、この集落に単身でやってきた若者。
集落では「ワカメ君」と呼ばれて、愛されているのかからかわれているのかわからない存在。
焼き物を作っている「芸術家」だが、まだ日の目を見ない状況で、集落の人達の支援でなんとか食いつないでいます。
村田孝子
ムーさんの母親。
体調が良くなく、あまり仕事ができる状況にはありません。
しかし、少しでもよくなれば、息子のために手伝おうとします。
働き者の息子を深く愛し、見守っている優しい母親です。
桜田源三
寿司職人でしたが、縁あって辺鄙な集落の卵かけご飯専門店を任されることになりました。
口下手な職人気質ですが、味にはこだわりのある人物です。
柳生のジジイ
集落でも変わり者で通っている爺さん。
高齢で痩せているが、気骨がある人物。
彼の作る農作物は大変優れており、居酒屋トミ子でも料理に使われています。
あらすじ
亡き父の跡をついで養鶏場を営む村田二郎は、この限界過疎集落を大変愛ししてます。
お人好しの彼は、ムーミンに似た風貌から、みんなからはムーさんと呼ばれています。
故郷の過疎化を止めるために、ムーさんは卵かけご飯の専門店を出して、その店が話題になれば人が集まり、この集落が活気づくと考えたのでした。
二郎の幼馴染の元ガキ大将の臼山大吉はいつもムーさんとつるんでいるのですが、この計画を無謀なことだと批判します。
そして計画を実行に移すムーさんとは仲違いしてしまうのでした。
ムーさんには大吉以外に同級生の中村直子がこの集落にはいます。
彼女は学校のマドンナ的な存在でしたが、都会で仕事を見つけ、結婚もしたのですが、とある事情で離婚し、この集落へ戻ってきていました。
今は彼女の母の営む居酒屋の手伝いをしています。
彼女もムーさんの計画を聞き、なんとも馬鹿げた話だと思いつつも、その情熱は本物でした。
彼女は都会で働いていたときの伝手をもとに、陰ながら彼を支援していくのでした。
ムーさんの養鶏場で生まれる卵。
これはとても美味しいもので、品質が一級品でした。
彼はそのことに自身を持っていますが、ノウハウは全くありません。
そこへやってきた寿司職人の桜田源三、通称源さんに卵かけご飯の専門店の店主になってもらうことになりました。
集落には都会からやってきた陶芸を志す若者である若部剛(ワカメ君)がおり、かれにお店で使うための器を作ってもらうことになりました。
ワカメくんの父は脱サラから会社を起こし、大きな会社にまで仕上げたワンマンオーナーでした。
父とは仲違いして、この集落へやってきたのです。
話題作りのために、直子は様々な支援をします。
そしてワカメくんを仙人のような姿に仕立て上げ、陶芸の芸術家として仕立て上げていきます。
マスコミは見つけることすら難しい謎の卵かけご飯専門店と、その店に器を提供する陶芸家を紹介し、話題になります。
そして寿司職人であった源さんの特性醤油がまた評価されることになり、ついには大手食品メーカーがこの店のブランドとして卵かけご飯専用の醤油の販売を始めることになったのです。
ムーさんは、「絶対失敗する」と言われていたこの商売を成功させ、村には第2第3の活性化の施策をしていきます。
この本の感想
フィクションですが、本当に良いお話です。
この物語の主人公のムーさん。
どう考えても成功するはずのないお店でしたが、彼にはいつも応援する温かい仲間がいました。
それは幼い頃からずっと同じで、この30代なかばとなった今も彼を陰から応援する人がいたのですね。
ムーさんの口癖は「俺、ツイてっから」ということで、どんなに大変なことでもカラッとしている、底抜けのお人好しなのです。
周りから助けたくなるようなそんな人柄ですが、同時にとても真面目に仕事をこなす人物で、大変な働き者なのです。
亡き父も、体が悪く寝込みがちな母も、そんな息子を誇りの思っているのです。
父が苦労して作り上げた養鶏場を担保にしてお金を借りて、卵かけご飯のお店を出すなんて、リスクが高すぎます。
しかもこんな辺鄙な場所にわざわざ足を運んでくれるなんてことはなかなかないでしょう。
奇跡を巻き起こしたムーさんですが、彼をサポートする中村直子は次のように評しています。
とにかく、ひたすら無欲で無垢で、損得ではなく、善悪で動いてしまう。しかも、それが毎回、思い立ったら吉日だから、周囲を驚かせてしまうのだ。
ひいき目に言えば、馬鹿正直。ひいき目なしで言えば、ただの馬鹿。
ムーさんが自分が思うままに突き進んでいくこと自体には、本当に我欲はありません。
お人好しも度が過ぎれば「バカ」と呼ばれる、そんなキャラクターで、卵かけご飯専門店も無料で提供するなんてことを考えていたくらいです。
周りのサポートのよって、この店には最もふさわしい「源さん」という得難い人材と出会い、絶妙な価格で提供することができました。
集落に移住してきた栄養失調になりかけのような若者「ワカメ君」を仙人キャラとして話題を集めるなどの工夫をしたのも、直子さんの手柄でしょう。
そして物語の序盤で、幼馴染の大吉とは仲違いしますが、危ういムーさんを放っておけるほど冷たい「ガキ大将」ではなかったのですね。
ちゃんと彼が成功するための布石を大吉と直子がこっそりと裏で手を回してくれていたのです。
とはいえ、誰もが失敗すると思っていた、こんな限界過疎集落のお店を成功させたのは、ムーさんが手塩にかけて育てた鶏たちの生む卵があればこそ。
味にはうるさい職人気質の源さんだって、彼の卵に惚れ込んだほどの品質です。
これなら金をとって料理として胸を張って提供できると思うのです。
同時に、無料、あるいは自分が提示した価格以下で提供するなら、店の手伝いはしないとムーさんに告げるのです。
ムーさんは、一人でも多くの人に自分の自慢の卵を知ってもらい、一人でも多くの人がこの集落に足を運んでくれれば良いと考えており、そのためにはお金なんていらないと考えていたのですが、源さんは料理人として「金をいただかない」ようなものはプロの仕事ではないと諭すのですね。
このあたりの二人の掛け合いも面白かったですね。
源さんと頑固親父として煙たがられている柳生の爺さんとは、お互い無口ながらもこの店の常連として仲良くなっていきます。
言葉はお互いほとんどかわさないものの、心は通い合っているんですね。
もうひとり「無愛想」な居酒屋トミ子の女店主、中村富美子もそういうキャラクターですね。
最後にムーさんを育てた母の村田孝子の言葉です。
でも、人生なんて、そんなものなのだ。ピンチはたいていピンチを連れてくる。泣きっ面に蜂なんて、よくあることだ。けれど、人は、大きなピンチを乗り越えたときにこそ大きく成長するし、乗り越えさえすれば、結果的には、あれはピンチの皮をかぶったチャンスだったーということになるのだ。ピンチは、見方一つで成長のチャンスになるんだよ。
トミ子婆とはキャラが違いますが、彼女たちもどこかで合い通じるところがあるのです。
卵かけご飯が好きな方なら、食べたくなること間違いありません。
究極の卵かけご飯なんて食べたことがありませんが、「TKGは正義!」と思えるほど美味しいですよね。
TKGが好きな人はもちろん、そうでない人も物語としてはなかなか良かったですので、オススメできる本ですね。
余談
居酒屋トミ子で直子が、便所掃除をしながら、大吉と同じようにムーさんの暴走を心配していると、ふと和式の便器がムーミンに見えてきたというシーン。
和式の便器って、ムーミンの顔に似ている?