悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

なぜ、あの人の周りに人が集まるのか? 志賀内 泰弘

面白かった。
老舗の酒屋からの転業というよくあるパターンのコンビニを舞台にした人間教育のための本。
作り物の小説としてみてしまえばそれまでだが、ラストのシーンもホロリとさせる傑作。

ちなみにコンビニは便利だが、コンビニ本部は大嫌い。
コンビニ経営はどこも厳しいらしい。
本部は絶対に損をしない仕組みになっているが、フランチャイズで店を出す方は、個人資産も時間も何もかも失ってしまうという人たちが後を絶たない。
もちろん優れた人はいくつも自分の店を持つなど儲かっているところもあるが、スーパーバイザーと言われる本部社員のように家族は「タダ」で働いてくれる従業員。
それを当て込んでいる。ブラック企業どころの騒ぎではない。
そしてライバル店が出店して経営が厳しくなるとたちまち「スクラップ」対象として廃業に持っていく。

そんなことを考えながら、頑張れ!エンジェルマート京南大学前店と思いながら読んでいた。


主人公は高学歴高身長女子の大沢ユカリ。
MBAを取得しているものの、就職した職場で自分のやりたいことが出来ずに、退職。
頭はいいが、プライドが高い女性。美人。
父親はぱっとしないサラリーマンという気がする。
酒屋は継がず、妻と暮らしていたが、父親(主人公の祖父)が体も弱り、いよいよ引退という時になってようやく家業を継ぐ。
しかし妻は酒屋が大嫌い。
何よりも庶民的な感じが嫌いな女性なようである。
この物語では序盤に登場するだけで全くでてこない。
コンビニの店長である父親、豊もただのお飾り店長にすぎない。
おじいさんは老舗の酒屋。そして酒屋という職業に誇りを持っているため、コンビニは好きではない。
しかし、商売というものを身をもって理解している人物。

本当に小説だからこそと思えてしまうかもしれないが、読んでいるうちに、こんなコンビニだと通いたくなる気がする。
そして同時にこんなコンビニを潰してなるものかと心の底から応援している自分がいた。
主人公のユカリとおじいさんとの会話で成長していく様子が描かれているが、この物語のもう一人の主人公がアルバイトのオバちゃん、水野さんである。
誰もが彼女のファンになるだろう。
ものすごくおせっかい焼きで、大きな声で話すさまは時として鬱陶しいと感じることもあるだろうが、見ていないようでくまなく見ている「プロ」である。
「コンビニの女神様」
売上の伸びない店に現れてたちまち売上を伸ばし、生き返らせてしまう不思議な人である。
はじめは副店長のユカリにとってはうるさいだけで、マニュアルも守らない使えないオバちゃんだったが、彼女の魅力にだんだんと気づく。
そして彼女に頭を下げ、弟子入りを志願する。
弟子入りは軽くかわされるが、オバちゃんのマネをするようになる。
そこには祖父との日毎交わされる、ささやかな酒宴があった。
このやり取りも面白い。心に刺さる。

コンビニ経営を通して、人とのふれあいの中で見る接客とは?お客様とは?仕事とは?
色々と考えさせられることが多い。
自分の言葉で言い表すとものすごく陳腐だが、この物語の中の人物たちを通して見ると、それがいきいきと描かれていて、読んでいて楽しいのである。

主人公ユカリは最初は頭でっかちの鼻持ちならない女性という気がしていた。
平凡なサラリーマンの父親と、商売人とは水と油くらいの違いがある母親。
そこから生まれた子供で学業優秀とくれば、そういう娘になるだろうとも思う。
その彼女がなかなかよい。素晴らしい女性である。
知恵のない父親、世間知らずの母親なんかよりも、商売人としては、経営者としてはずっと優れた資質。

新人教育にも使えそうな優れた本だと思う。


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