悪魔の尻尾

みなさ~ん、元気にしておりますか?

生殖記 朝井リョウ

画像はAmazonより

Kindleで読みました。
「生殖記」というインパクトのあるタイトルですが、少し前の「正欲」という小説もかなりタイトルから「攻めているなあ~」と感じましたね。
おそらくタイトルもかなり狙っているのでしょうね。
どちらも「性」について描かれていますが、マジョリティーではなくマイノリティーな性癖に関わる内容で、ちょっとテーマが似通っているところもあります。

 

tails-of-devil.hatenablog.com

 

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タイトルを見て、「正欲」にしても「生殖記」にしても口に出すのもはばかるような言葉だと思いましたね。
本屋で女性店員に「正欲ありますか?」とか「生殖記ってありますか?」なんて尋ねたら「セクハラ」とか言われそうだな~とか思ったりしましたね。

生殖記、性器でも生殖器でもなく「生殖」記でなければならないということは、読んでいてすぐに分かります。
ちゃんと本の中で説明されていますが、この本の主人公はヒトではなく、生殖本能そのものなんですね。
その生殖本能が今存在している場所が、尚成(しょうせい)という人物です。
彼は性的マイノリティで、この本で生殖本能が使っている言葉で言うところの同性愛個体です。
同性愛個体である尚成や尚成の人間関係の人物たちを生殖本能が語る、というストーリーとなっています。
しかし、このタイプの小説は見たことがありません。
変わった小説であるのは確かなのですが、ちょっと変わったというどころではないと思いますね。
かなり理屈っぽい内容なのですが、それを読みやすくするためなのか、笑いに持っていこうとしているのかわかりませんが、軽~い話し口調で語られていきます。

「正欲」と似ていると言いましたが、性的マイノリティの話という点では似ていますが、「正欲」が随分と普通の小説に感じます。
とにかく「正欲」に登場するキャラクターはみんな人間ですから、そのキャラクターを通して描かれていくというのはよくわかります。

この本では生殖本能が尚成の頭の中、考えていることをどんどん明かしていきます。
性的マイノリティとして、これまでの苦労によって作られていった人格、この資本主義、成長することしか許されない社会構造、「LGBTQ+とか今更何いってんだよ~」というどこにもぶつけられない不満など様々なことが語られていきます。
それはもうとても理屈っぽい話が多いのですが、ゆる~い話し方で描かれていて、とても読みやすく、わかりやすく語られていき、知らない間に納得してしまう、というような内容です。

独特な言葉遣いも印象に残っています。
性的マジョリティである人間を異性愛個体、その反対側が同性愛個体といったように、人間そのものを個体と称しています。
またこの主人公の生殖本能はヒトの生殖本能が特殊で他の動物の生殖本能とは違うと語っています。
ヒトの生殖本能となったのは尚成が2回目で、その前の人はイスラム教圏の女性のMaryamで、このあたりも日本の国とイスラム教の国という対比で鋭くえぐってくれています。

つまらない本と感じる人もいるとは思いますが、「正欲」よりシニカルで、鋭い指摘が多くて、面白かったと思っています。

生殖本能の一人称で語られる言葉の中には鋭い指摘があって刺激がありましたね。
以下は気になった部分のピックアップ(個人的なクリップ)

現代のヒトにとって金銭の調達能力はほぼイコール生存率の向上を意味するので、それを阻害されるというのは長い目で見ればいずれ命の効きを呼び起こしうる事態なわけですから、(邪魔だなあ)くらいのことを思うほうが自然です。

 

金銭を調達する能力があるっていうだけでデカい顔をしている個体たちに苛ついているだけです。指先ひとつで数億円稼ぎますみたいな個体も好きに生きりゃいいですけど、やたらと持て囃されていたり、そうでない個体を見下している姿を見たりすると、あなた自然界に産み落とされなくてよかったねって思っちゃうんです。その全能感、あなたの生きる社会構造の礎にお金が横たわっているだけだからねって。

 

相手の話すことに共感して、否定はせず、大変さに理解を示し、応援する。これで、大抵の場面は乗り切れます。

 

判断、決断、選択、先導を担う立場につかなければ。

 

サバイブ、コンストラクション、レジスタンス

 

今、世の中に溢れている殆ど全ての物質を生み出しているのは、ヒトの持つあらゆる意味での”今以上によくなりたい”、”今よりももっと”という願望です。その願望から生まれた物質たちが集まっているのが店で、店の集合体が街で、街の集合体が社会です。つまり、”今以上よくなりたい”、”今よりももっと”という成長願望が、すべての土台にあるんです。

 

永遠の成長なんて存在し得ないことを誰もがわかっていながら、それでも全力で今よりももっと成長を目指し続けるという姿勢を解くわけに行かない。

 

しかも、この歪みに本当は皆気づいてはいる。ここがミソです。でも、本気で歪みを見直すには、世界中のヒトが一斉に拡大、発展、成長から手を話す必要がある。そんなこと現実に不可能だということも、皆わかっている。

 

内なる共同体感覚に突き動かされているのではなく、見張り役に吊るし上げられないように振る舞っているだけだと感じました。

 

共同体感覚の監視カメラ

 

メス個体に対して自分の魅力をアピールしたり生殖行為に誘ったりと、生殖行為にたどり着くうえでの最初の判断、決断、選択、先導は、オス個体に任せられているケースが多いのです。それは個体の内面や性質とは一切関係がありません。生殖器が、凸の形状をしているからです。

 

でもヒトの場合、自然の摂理の上に、資本主義を、人権を、国家を、そして感情を、そういう自然界には存在しないあらゆるものをドカドカ乗っけたわけです。そうなると、何を第一優先事項として進化していけばいいのか、判断が難しくなります。

 

他人の目を記にするなーヒトの世界でよく聞く言葉ですけど、これって単純に”他人の目”自体がコロッコロ変わるからアテにするなっていう意味だったんですね。てっきり、自分らしく生きるとか湖西を大切にとかそういう話かと思ってました。違う違う、他人の目なんてものはぜーんぶ異性愛個体側がゴーサインを出したブームに過ぎないんだから、そのたび翻弄されて擬態していたらキリがないっていうことだったんですね。

 

あの一見美しい宣言、”生産性のない人なんていません”が自分に還ってくるわけです。入浴も排泄も自力でできないような今の自分に生産性なんてあるのかと、共同体にとって自分は今ただただお荷物な存在なのではないかと、多くの個体は今後、幸福度を下げていく傾向にあります。

 

あくまで個人的クリップのつもりでしたが、こうやって並べてみると、ただの性的マイノリティーのエンタメ小説とは言えないということがわかると思います。
強くオススメとは言えませんが、ハマる人にはハマる作品だと思いますね。

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