悪魔の尻尾

みなさ~ん、元気にしておりますか?

巨悪 伊兼源太郎

画像はAmazonより

「巨悪」は東京地検特捜部を舞台に、政治家、大企業、表の献金、裏の献金、脱税など日本のとてもダークな部分に切り込んだ小説です。
具体的なモデルとなる政治家はいないようですが、自民党の大物議員であれば、似たような話はいくらでも出てきそうに思います。
実はこの本を読む直前に読んだのが、苫米地英人さんの「日本人よ、目を覚ませ」という本です。
苫米地さんのこの本では東京地検特捜部というものはまるで合衆国の手先であるかのような論調でした。
そして政治家、官僚を含め、マスコミについて厳しく批判しています。

 

日本人よ、目を覚ませ!

日本人よ、目を覚ませ!

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そちらの本はまた別で紹介もしたい気もしますが、今回の「巨悪」に登場する主人公を含めた検事たちはまさに映画や小説ならではの正義の人です。
どちらが実像に近いのかわかりませんが、「巨悪」はフィクションとされながらも、リアリティがあり、また「正義の人」だけではなく、「組織の人」つまり長いものには巻かれる人たちもいます。
本来は検察という正義のために情報を共有し合う組織のはずですが、彼らの中には「組織」における上下関係やしがらみなどが複雑に絡み合って、本来の正義から逸脱する行動が見られます。
特にマスコミにリークする一部のものなどは最悪です。
今も捜査の段階で一部のキーマンが謎の自殺を遂げたりすること現実にありますが、この小説では真実に迫った時点で亡くなっていきます。
もちろん暗躍する人物も登場しますが、主人公の検事、中澤源吾の過去にも関わって、そのあたりがドラマティックになっています。
もう一人の主人公とも言える同じ特捜部の城島との絡みもあって読み応え十分です。
かなり長い小説で、人物描写を含めて検察の雰囲気が手に取るようにわかるような描写が多いです。
検察といえども官僚組織のひとりでもあり、組織があれば派閥もあります。
純粋に正義を追うだけでは、自身の立場も危うくなりかねない、そういう組織政治的な点を配して純粋に正義を追い求め、己は正しいと貫きたい主人公の葛藤も描かれていてなかなか感動的なシーンも多いです。

冒頭はある女性の殺害シーンから始まります。
理不尽な殺され方であり、後にそれが事件と深く関わってきますが、読み始めはわからず、よくある警察小説、サスペンスなのかな?と簡単に考えていました。
しかしそういうトリックやどんでん返しなどなどを期待する小説ではありません。
フィクションでありながらも、詳細に描かれた描写こそがこの小説の魅力でしょう。

簡単にあらすじを紹介します。
東京地検特捜部の検事・中澤源吾と特捜部機動捜査班の事務官・城島毅。
彼らは高校時代、野球部の二人のエースとして互いに切磋琢磨してきました。
中澤の妹であり、城島の恋人であった友美の死をきっかけに、検察の道に進むことになります。
物語は、運送会社大手であるワシダ運輸の脱税疑惑から始まります。
中澤と城島は、地道な証拠集めや取り調べを通じて、闇献金や震災復興費の不正流用など、次々と明らかになる巨悪の実態に迫っていきます。
彼らの捜査は、政治家や企業、秘密機関といった強大な敵と対峙するとともに身内である検察内部にも情報をリークする人物がいることを知るのです。
検察という閉ざされた世界の人間関係も見どころなのですが、最後にこの人間関係に、ちょっとしたどんでん返しがあって、楽しめましたね。

登場人物紹介

中澤源吾
主人公。東京地検特捜部「財政班」検事。
父は元都議会議員
都立高校の野球部出身だが、妹の友美を殺されたことをきっかけに検事の道を進むことになる。

城島毅
東京地検特捜部。事務官の一人。
東大卒業だが検事を目指さずに機動捜査班にいる。
組織の中では馴れ合いにならず、孤高の人
付き合いにくさも会って「城島サマ」と陰口を叩かれることも。
都立高校野球部のエースとして中澤とは学生時代からの知り合い。
そして友美は元交際相手。

臼井直樹
中澤検事の立会事務官。
優秀な人物であり、現場での捜査でもその能力を遺憾なく発揮。
中澤のことをしっかりフォローする人物であるとともにムードメーカー的な役割も。
持てない中年というタイプですが、こういう人こそ得難い人材だと思いますね。

高品和歌
東京地検特捜部「特殊・直告班」の検事。
中澤とは大学時代からの知り合いだが、優秀で先に検事になったので先輩に当たる。
大学時代からミスコンで優勝するなど目立つ人物。
中澤の立会事務官臼井からは名前に「口」が8つもあるため、「口の多い人」と言われています。

吉見里穂
高品検事の立会事務官。
美人でどことなく雰囲気が亡くなった友美に似ている。
女性ならではの観察力を持つ。
美人の高品検事とペアを組む美人の事務官。
最強のツートップですね。

稲垣雅之
東京地検特捜部の班長
城島の直属の上司で、優秀だが出世には興味のない人物。
趣味はレース。
中澤に臼井という人物がそばにいるように、城島には稲垣というとても理解のある上司がいるのがいいですね。

鎌形英雄
東京地検特捜部部長。
この部署のボスで、現場の鬼。
現場派。
こ、怖い~。

村尾新一
東京地検特捜部「財政班」担当副部長。
つまり中澤の上司。
ねちっこいタイプで、どうも好きになれないですが、実は…。

本田恭平
東京地検特捜部「特殊・直告班」担当副部長。
つまり高品の上司。
この物語では目立ちませんが、とても良い上司です。

今林良蔵
東京地検 次席検事
エリート街道を進む次期検事正候補。
赤レンガ派。

田室秀敏
東京地検公判部 総括審査検察官。
赤レンガ派で今林の駒となって動く。

鷲田正隆
ワシダ運輸社長。
2代目のボンボン社長ということになるのでしょうかね。

陣内銀三郎
ワシダ運輸の元専務。
先代から信頼の厚い大番頭。
一癖も二癖もある老人。
認知症を患っているということなのですが…。

赤木達也
民自党、西田由伸議員の筆頭秘書。
あらゆる光と影を知っている重要う人物です。
そういう人に限って…。

野本永太
政治団体海嶺会の会長

小柳義一
政治団体海嶺会の事務局長

海老名治
国民自由党の党首。

海老名保奈美
海老名治の一人娘で議員秘書
どこぞのドリル〇〇と違って、きれいな心の持ち主。
でもこういう若い世襲議員候補は、汚い世界に身を老いていると、ドリル〇〇のようになってしまうのでしょうかね。

石岡大輔
海老名治の筆頭秘書。
全然目立たない人物ですが、とても優秀なのでしょう。


気に入ったフレーズをピックアップします。
ストーリーとは直接関係ない部分もありますが、文脈の中で刺激がありました。

中澤の上司から、不正を割ることができなかった中澤に対しての言葉です。
「調書とは、そもそもバレないように嘘をつくものですよ。そんな調書だって裁判所が認めたら真実になる。いいですか、捜査は戦争です。勝つためなら何だってしなさい。どんな手を使っても割るんです。特捜部は復活しなければならない。」

改めて読み返してもゾッとする言葉ですよね。
検察に起訴された事案の有罪率は99.9%と巷で言われています。
そして同様に密室で自白による調書が作られていきます。
この部分はこの小説の本質とは全く違う部分ですが、そういうものとして認識せざるを得ないところですね。
まるでゲーム「逆転裁判」の悪徳検事を見ているようです。
世界的に見ても日本の司法制度は相当に遅れている気がします。

中澤とコンビを組む事務官臼井との会話
「自分が関わった人の死は、骨身に応えますね」
「それは検事が機械ではなく、人間だっていう証明です」
「本当に俺は弱っちい人間だな。間違った聴取はしていないと主張できる半面、果たして自分が検事に相応しいのかと迷いがあります」
「何の迷いもない人が検事になって、法律を駆使して正義をまっしぐらに追求する世の中のほうが僕は怖いですよ。きっと国民のほとんどもそうでしょう」

良い会話ですよね。
自分より若い検事を補佐する立会事務官は、検事の人柄を高く評価し、励ましています。
もちろん法律というものを駆使して戦わなければいけない世界だとは思いますが、勝利至上主義が過ぎると、人の心はドンドン失われていくような気がします。
巨悪と言われる利権や政財界が関わる事案に関しては、さまざまなしがらみもあるのでしょう。


ワシダ運輸の元専務だった陣内銀三郎の言葉です。
(キーマンだけにネタバレになります。)
「現代にも巨悪はいます。私が見るに、それは過去の巨悪よりも性質が悪い。深刻な相貌を呈しています。」
そしてその内容が以下
東日本大震災の復興事業のためならと、国民は増税を受け入れた。一方、数年前から復興予算の使い方が野放図な面も指摘されています。もちろん少しずつ改善されてはいる。ただし、各省庁が復興予算の分捕り合戦を行った挙げ句、被災地とは無縁の地域で耐震工事や工場建設に多額の復興補助金が投じられた現実は消えません。官僚の強烈な組織防衛根性が、このふざけた出来事の出発点です。先の戦争も、陸海軍の組織防衛根性が引き金の一つでした。報道に煽られた当時の国民も戦争を進んで是認してしまったんですが」

「…官民が寄って集って食い荒らした予算額は、ロッキード事件での贈収賄の額を軽々と越えます。リクルート事件東京佐川急便事件の金をあわせても足元にも及びません。…」
ロッキードは約三十億円、リクルートが約六十六億円、東京佐川急便は約九百五十二億円でした。」
「被災地以外に投じられた復興事業費は約二兆円です。」

「一昔前の巨悪は個人と企業が結びつき、その範疇での犯罪にすぎなかった。今や、そこに数多くの施策や官僚が絡みつき、巨悪の規模は飛躍的に増大している。」

「消えた二兆円に群がった連中のうち、被災地や震災の犠牲者に手を合わせたものがどれくらいいたのか」

「支配者の暴走、国民の追従は大量の犠牲者を生む。これは私の経験からの警告です。」

なんというか、ラスボス臭の強い人物だけに言葉に重みがあります。
戦後から日本の復興を歩んできた人物だけに、良いところも悪いところもすべて見通している感じです。
このような年齢の長老でこれほどの人物が日本に未だいるなら、日本もまだ捨てたものじゃないと思いますが、現実には果たしてどうなのでしょうか。

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