悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

ぼんくら 宮部みゆき

騙された。短編小説、江戸の同心井筒平四郎を中心に鉄瓶長屋を舞台にした人情モノ?と勘違いしていた。
とんでもない。これは「長い影」というタイトルのための長編小説であり、短い話はそのための布石という気がする。
そしてこれがまた良くできている。舞台の中心になる鉄瓶長屋には特に際立った人間はいないが、其々個性がある。その舞台を中心に沸き起こる怪事件、店子がドンドン出て行くという事の真相を突き止めていくと…。これはまさに推理小説なのである。
そしてそこに登場してくる平四郎の身内の弓之助、奥方の姉の子供という設定で子供がいない平四郎夫婦の養子にしようとしている子供であるが、彼がまた美形で非常に切れる頭脳を持っている。わずか12歳という歳が信じられない。それに特殊能力、といっても超能力やそんなものではなく人間ものさしというもの。なんでも測ってしまうのである。彼はまさにこういった仕事をするにうってつけの才能を持ちあわせており、彼が大きくなった時に主人公にして本格小説を書いて欲しいと思う。
もう一人、非常に印象に残っている人物が岡っ引きの茂七一家の番頭格とも言える政五郎の元にいる少年「おでこ」。愛称が余りにもいいので元の名前が思い出せないが、これまた素晴らしい少年である。語り口がなんとも面白く、人の言葉をすべて覚えてしまうという脅威の能力。そして白目を向いて言葉を記憶したり、過去の記憶を呼び覚ます時、記憶を巻き戻したりと人間レコーダーである。愛嬌のある話しぶりと恐るべき記憶力がなんとも滑稽で脇役ながら非常に好感が持てる。
弓之助が同心になった時に岡っ引きとして「おでこ」が懐刀として活躍、なんて続編が出れば面白いかもなあ、なんて思ってしまった。
長屋の女ボスでもあるお徳や若い新しい差配人の佐吉は言うに及ばず、平四郎の中原の小平次も「うへえ」という合いの手しか知らないボキャブラリー不足がまた良い味を出している。わずか12歳の子供の弓之助と大人気なく張り合ったりなかなか可愛いおっさんである。
平四郎は自分のことがよくわかっており、そしてどこまでもマイペースな男。にも関わらず、周りに恵まれ、綺麗な奥さんを持ち、ある意味幸せな男である。面倒なことは嫌いで、細かいことをほじくり返したりするのは嫌いである。
のんびりしているようで人の悲しみなどの心の動きに敏感で、長屋の連中に非常に気を使っているところもあり、自分で思っているよりもずっと人望があると思う。

江戸の町、深川、八丁堀と言われてもいまいちピンとこない。しかし必殺仕事人などの舞台と思えば、なんとなくイメージは湧く。時代劇は素晴らしい。

ぼんくら

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