
新しい年度が始まり、心機一転……といきたいところですが、少し複雑な心境で迎える春となりました。
4月になってなにか変わったというわけでもありませんが、久しぶりのブログの記録として。
消えたエイプリルフール
気がついたら、4月2日なってしまいました。
4月1日はエイプリルフール。
一年に一度、ちょっとした嘘で周りを驚かせたり、クスッと笑わせたりしてもOKだったはずなのに、すっかり忘れて過ごしてしまいました。
「何か面白いことを嘘をつこう!」と考えていたわけでもないのですが、いざ過ぎ去ってしまうと、なんだか大切なイベントを逃したような、言いようのない喪失感に襲われています。
SNSやテレビで流れる「嘘」のニュースを見返しては、「ああ、昨日なら私も何か言えたのに」と、ひどく後悔しています。
4月2日になった今、何を言ってもそれはただの「嘘つき」か「勘違い」になってしまいますね。
この1日の差が、これほどまでに重く感じられるとは思いませんでした。
新年度の訪れと、そこそこの年齢の「新人」
後悔を引きずりながらも、職場は容赦なく新年度に突入しました。
3月30日、31日と続く連勤3日目というだけです。
4月といえば新入社員。私の職場にも新しいメンバーが加わりました。
ただ、世間のイメージにあるような、フレッシュで初々しい「若手新人」ではありません。
場末のホワイトカラー、コールセンターです。
入ってきたのは、人生経験をそれなりに積んだ、「そこそこの年齢」の人です。
転職が当たり前の時代ですから、中途採用でベテラン世代が入ってくること自体は珍しくありません。
しかし、教える側としては、これがなかなか一筋縄ではいかないのが正直なところです。
まあ、若い人も入ってくる予定なので、どちらが良いかはその人によります。
うちの職場に合わない人はさっさと見切りをつけて次に行ってくれればいいです。
ところが、若い世代はその判断がつかず、年配の人材は判断がついていても次の仕事が見つかるまではつなぎとして研修を受けるはずです。
「教育」という名の重圧に、少しのうんざり感を添えて
また新しい人を一から教育しなければならないのか。
どうしても「うんざり」という言葉が頭をよぎってしまいます。
相手が若手なら「まだ何も知らないから」と割り切って、基礎の基礎から教えることができます。
しかし、経験のある大人となると、相手のプライドやこれまでのキャリアを尊重しつつ、こちらのルールを覚えてもらわなければなりません。
言葉の選び方一つとっても気を遣いますし、相手にこれまでの「癖」がある場合、それを修正してもらうのは並大抵の苦労ではありません。
自分の業務だけでも手一杯というか、自分の衰えを十分に感じているのに、さらに神経をすり減らす教育担当としての役割。
正直なところ、「もう勘弁してほしい」というのが本音です。
それでも「仕事」として向き合う覚悟
とはいえ、嫌だと言って投げ出せるものでもありません。
それはやめる=引退を意味します。
これも給料のうち、これも「仕事」なのだと自分に言い聞かせています。
引退するには老後の心配があります。
自分の死去する年齢が分かっていれば、どこでやめるのかというのもかんがえられますが、我が家の事情を考えるとそういうものでもありません。
エイプリルフールに嘘をつき損ねたことは、もうどうにもなりません。
しかし、目の前にいる新人さんたち(の年齢はさておき)との関係は、これから築いていくものです。
彼らが早く戦力になってくれれば、結果として私の負担も減るはず。
そうポジティブに(半分は無理やりですが)捉えるしかありません。
「仕事だからやるしかない」
この魔法の言葉を胸に、新年度の荒波をなんとか乗り切っていこうと思います。
皆さんの新年度は、どのような幕開けになりましたか?嘘のような本当の話ばかりが続く毎日ですが、たまには自分を労わりながら歩んでいきましょう。
(私は毎日自分を労ってばかりだろうが、と言われそうな気もしますけどね)