悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

しあわせの香り 純喫茶トルンカ 八木沢里志

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純喫茶トルンカ しあわせの香り

少し前に読んだ「純喫茶トルンカ」がとても良かったので、その続編を読みました。
肩肘張らずに読めて、そしてホロッとするところもある、そんな小説です。
純喫茶トルンカを舞台に、いつものメンバーの様々な物語が描かれています。

この本の目次と前作について

午後のショパン
シェード・ツリーの憂鬱
旅立ちの季節

前作を読んでいなくても、ストーリーはしっかり説明がありますが、細かいところはちょっとついていけないところもあるかもしれません。
いずれにしても前作を読んでから読むほうが遥かに楽しめると思います。

 

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あらすじ

「午後のショパン

千代子ばあちゃんが主人公の物語です。
トルンカで流れるピアノの調べ。
その中でも千代子ばあちゃんが好きなのは「エオリアンハープ」と言う練習曲なのです。
いつもトルンカのテーブル席で編み物を静かにしている千代子ばあちゃん。

看板娘の雫ちゃんとの会話で過去を思い起こすことになりました。
千代子ばあちゃんの結婚はお見合いでした。
夫が受け継いだ手芸屋でしたが、色々あった夫には先立たれ、子どもたちも独立。
お店は売り払って、今はマンションぐらしです。
嫁入り前には「初恋」と呼べるかどうか分からかないけれど、気になる男性が近所に住んでいました。
彼女が5歳の頃、そう教えてくれた優しいお兄さん。
大きな屋敷に住む三男で、武彦さん。
酒屋を営んでいた父の配達によくついていって、そのお屋敷に入ったのでした。
「この曲はなんて曲なの?」
初めて聞いたピアノのこの曲のことを色々と教えてもらったのです。

そんな優しいお兄さんも、徴兵によって南方の島に長い間いたのでした。
戦争が終わり、帰国した武彦さんはすっかり変わり果ててしまいました。
そんな中、お見合いですぐに縁談がまとまりました。

遠い昔のことを思い出してしまい、武彦さんがどうなったかということが無性に知りたくなるのです。

純喫茶トルンカ
派手さはなく、古いお店をそのままで営業を続けている、美味しいコーヒーを飲ませてくれる店。
トルンカで一つの奇跡が起きるのです。


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「シェードツリーの憂鬱」

シェードツリーとはある特別な役割を持った木。
コーヒーの木は直射日光を嫌うので、日陰が必要なのです。
だから日陰を作るために、成長の早い木を一緒に植えるのです。
コーヒーを守るために存在する木、それがシェードツリー。
雫の幼馴染の浩太は雫のシェードツリーであることを自覚しています。
それはスミねえとの約束でした。
スミねえとは雫の姉で、病気で亡くなりました。
今、浩太と雫はスミねえと同じ年齢に追いついたのです。

いつも雫を見守っているつもりの浩太でしたが、それは同時に雫も浩太のことをしっかりと見ているのです。
浩太は器用そうで、生き方に不器用なところもありました。
バレー部に入っていますが、3年を差し置いてレギュラーであり、チームのエース的な立場です。
ひょうひょうと振る舞っているものの、レギュラーを奪われた3年から嫌がらせを受けているのでした。
うまく立ち回っているつもりの浩太でしたが、彼の精神も悲鳴を上げているのです。

レトロな雰囲気ということで、トルンカが映画撮影の舞台になります。
そして映画に出演する女優さんの田所ルミ。
ここにもひとつの奇跡があるのでした。


「旅立ちの季節」

絢子さんが主人公のお話です。
彼女は早苗さんの娘で、母子家庭で育ちました。
早苗さんも亡くなり、今はたった一人で暮らしています。
大学で絵を学んでいたので、それで生計を立てると言う夢を捨てきれずに頑張っていますが、現実には花屋のアルバイトがないとやっていけないのです。

絢子には大学時代に一時付き合っていた彼氏がいました。
すぐに別れてしまってからは、大学でも話をする機会もなかったのですが、偶然見かけるのです。
宇津井という男性で、勤めていた印刷会社をやめて地元にかえってきていたのでした。
やめた原因は鬱でした。
病院にも行って、随分回復はしたのです。

そんなことでようやく前向きに生きていけるようになった宇津井は仕事を探しているのです。
ちょうど大学生のアルバイトの修一が就職活動でアルバイトを辞めることになったため、トルンカでは新たにアルバイトを探しているので、絢子は紹介します。

すぐにアルバイトは決まった宇津井ですが、今度は住まいを探すことになりました。
絢子は自分と一緒に住むことを提案します。

周りの世話ばかりしている絢子ですが、実は絢子にも悩みがあるのでした。
今後の身の振り方、絵を仕事にしているものの、このまま続けて良いものかどうか。
商業的な絵と自分の描きたい絵とのギャップが埋められず、クライアントの要望に合わせて描く絵に疑問を感じているのです。
このまま小遣い稼ぎのような仕事を続けることにも疑問があるのでした。

同じ大学で美術を学び、ある意味では尊敬していた宇津井と一緒に暮らすことになり、お互いが刺激を受けるのです。


彼女は自分の人生に対する迷いからもがき苦しみ、ついには過労で倒れてしまいます。

倒れてから、改めて自分の人生を見つめ直すことになります。



感想みたいなもの

ひとりひとりに物語があり、生き様があります。
この本に登場する人たちは特別な存在ではなく、どこにでもいる普通の人たちですが、それぞれに語り尽くせぬ様々なことがあるのです。

小説ですから、「奇跡」というものがある、と言ってしまえばそれまでですが、なんとも人情があり、ジーンとさせてくれる物語です。

ドラマでいうと「深夜食堂」みたいな感じなのでしょうかね。


1話目の「午後のショパン」はこれまでほとんど登場シーンのなかった千代子ばあちゃんが登場します。
とっても素敵な過去の淡い恋模様が描かれています。

エオリアンハープと言うショパンの練習曲。
トルンカではショパンの曲が静かに流れているのです。
この曲をきっかけに千代子さんは過去を思い出すのです。

見合いで結婚をし、子供を育て上げ、孫の顔も見ることができた人生に後悔しているわけではありませんが、ふと立ち止まって考えると、自分の人生ってなんだろうと思ってしまうのです。

そしてたった一度の淡い恋心、その行方が気になってしまうのですね。
すでに高齢で亡くなってしまっているだろうけれども、どうなったかが知りたいと思う気持ちですね。

エンディングで、トルンカで起きた奇跡がとても素敵な作品ですね。


2話目の「シェードツリーの憂鬱」は雫の幼馴染の浩太の物語。
17歳の青春真っ盛りの浩太は飄々としながらも、「シェードツリー」として、なかなか大変で、悩みも多いのです。
前作を読んだだけでも浩太という青年が本当に素敵な人間であることはわかるのですが、この作品を読むと更に彼が素敵に見えます。
自分の17歳当時を思い出すと恥ずかしてく、素直に尊敬してしまいますね。
浩太のような人物は将来有望でしょう。
見かけによらず苦労をしていますし、人の苦しみや痛みもわかる良い少年です。
雫ちゃんと今後どうなっていくのかわかりませんが、結ばれると良いなあと思ってしまいますね。

 

3話目の「旅立ちの季節」は花屋でアルバイトをする絵描きの本庄絢子の物語です。
前作の「再会の街」とのつながりもありますが、新たな登場人物として元カレの宇津井が登場します。
いつも明るく元気に振る舞っているものの、思うように行かないのが人生。
それを誰のせいにすることもなく、常に前向きに生きてきましたが、悩みもあるのです。

元カレと元の鞘に収まるかどうかはともかく、元カレはサラリーマンとして働いていしましたが、「鬱」になり、壊れかけていたところをギリギリでなんとか踏ん張り、立ち直ろうとしています。
一方絢子は、壊れつつあるのかもしれません。
格言・名言マニアである本庄絢子ですが、この作品でも多くの名言があります。

その中で最も素敵だったのは、意外にも彼女自身の言葉だったりします。

「<再会とは、人生における一番身近な奇跡である>。本庄絢子という俺の友人が、教えてくれた言葉だ」

どんなにたくさんの格言を知っていても、それらは所詮、借り物の言葉。ヒロさんと再会したときと同じく、大切な人に大切なことを伝えたいときには、何の役にもたちはしない。

たいそうな話ではありませんが、ちょっと素敵な話が詰まっていますので、おすすめできますね。

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