悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

春の選抜高校野球 大阪桐蔭初戦敗退 大阪の高校野球

f:id:tails_of_devil:20210323224601j:plain



昨年は開催できなかった高校野球

春の選抜も中止。
夏の大会も交流試合ということで、選手権大会という形ではなかったのです。

更新出場を夢見て、日々努力を重ねてきた高校球児には残念でした。

今年はともかく、開催できてよかったと思います。

若いころは高校野球が始まるとよく見たのですが、最近は結果を見るくらいなもので、テレビで中継を見たりすることもあまりありません。

それでも話題になる選手が出たりすると、一目見てみようと時間、タイミングが合えば、見たりしましたね。


 

 

大阪桐蔭

Yahooのニュースでも大阪桐蔭が初戦敗退というのをトピックにしていました。
それくらい最近の大阪桐蔭の強さは際立っています。

少し前までは、PL学園出身のプロ野球選手が多かったのですが、今や大阪桐蔭出身の選手があふれています。
高校野球時代に活躍した人がみんなスターになって活躍しているかはともかく、素晴らしい選手がたくさんいることは間違いないですね。

スター選手を含めて、現在大阪桐蔭出身で有名なところを挙げていくと、

中村選手(西武 本塁打王6回、打点王4回を誇る球界屈指の強打者)
岩田選手(阪神 左腕投手 病気がなければローテーション中心となる投手)
平田選手(中日 中軸の強打者)
中田選手(日本ハムの不動の四番バッター)
浅村選手(西武の中軸からFAで楽天へ移籍した強打者、打点王2回、本塁打王1回)
藤浪選手(阪神 1年目からローテーション投手。近年苦しんでいる)
森選手(西武 捕手でありながら首位打者1回)
根尾選手(中日 ドラフト1位)
藤原選手(ロッテ ドラフト1位)
有名どころで名前を挙げましたが、彼ら以外にも多くのプロ野球選手がいます。
超高校級左腕といわれ、ドラフト1位の辻内選手や阪神のドラフト1位の超高校級スラッガーといわれた萩原選手がいました。
二人とも超高校級といわれながらも、プロ野球では活躍できませんでしたね。
プロで飯を食うというのは大変なことだと痛感します。
ロッテからメジャーへ挑戦し、帰国して阪神に入った西岡選手も大阪桐蔭ですね。

 

PL学園

私が学生のころは、KKコンビで圧倒的な強さを誇っていたPL学園がありました。
KKコンビはどちらも1年生の時から主力。
桑田選手はエースナンバーこそつけていないものの、実質エースでしたね。
清原選手は3番をつけていたと記憶しています。
夏、春、夏、春、夏と5期連続出場。
5期連続出場というのもすさまじいですが、それ以上に出た大会で常に優勝を争っていたということがさらにすごいのです。
彼らが1年生の時は実は優勝候補は金太郎と呼ばれた水野選手を擁する池田高校でした。
あっけなく負けてしまいましたよね。
そういうものです。
夏の大会を制したPL学園は、主力であるエースと四番が1年生でしたから、その後は常に優勝候補とされました。
もちろん予選や秋季大会を通じて圧倒的な強さでしたので当然です。
翌年の春の大会は準優勝。その年の夏も準優勝でした。
さらに3年の春はベスト4。
最後の夏にようやく優勝ができたのです。
圧倒的に強いと言われた当時のPL学園ですら、ずっと勝ち続けるというのは難しかったのです。
(とはいえ、この成績はありえないですけれどね)
自分の出身高校の校歌は歌えないけれど、PL学園の校歌は歌える人が多数いるとかいないとか。
それくらいにPL学園の校歌はよく聞けた時代ですね。

それよりも前の時代にもPL学園は強く、西田、木戸のバッテリー、あるいは1学年下の小早川というスラッガーもいました。
確か春夏連覇した時でしたね。
逆転のPLといわれた時ですね。
実はその前にもPL学園が強かった時代がありました。
準決勝、決勝と逆転サヨナラ勝ちで優勝しましたね。
あのころから大阪の野球のレベルは高かったのですが、PLが出ないと勝ち進めないみたいな空気がありました。
KKコンビの時のようなスターはいませんでしたが、逆転のPLはそれこそ「神がかり的な」強さでしたね。
伝統的に後攻を取るPL学園でしたから、こういう逆転劇、サヨナラ勝ちというのもあったのでしょうね。

現在メジャーリーガーとして、ドジャースからツインズへ移籍し、活躍するマエケンこと前田健太選手もPL学園出身です。


浪商、近大付属、北陽履正社など

大阪の浪商も思い出深いですね。
エース牛島選手がいましたし、話題のドカベン香川選手も人気でしたね。
古豪といわれる浪商ですが、私の記憶にある浪商が強かったのは、この時だけというイメージですね。

近大付属も常に大阪では強かったのですが、あまり甲子園とは縁がなかったというイメージです。
プロ野球選手として有名だったのは横浜ベイスターズスイッチヒッターとして活躍した金城選手ですね。

北陽高校も大阪の強豪です。
思い出深いのは名古屋電気高校で当時から有名だった現在ホークスの監督の工藤選手と延長戦を投げ合った高木選手です。
高木選手はその後広島カープに入りプロ野球選手として活躍しました。
ドラフト1位指名だった4番でエースの嘉勢選手もいました。
大谷選手が二刀流で活躍する前に投手と打者の二刀流だったのですが、あまり活躍とまではいかなかったようです。

 

近年は大阪桐蔭のライバルだった履正社
この学校出身の大物はなんといってもヤクルトのトリプルスリーの山田哲人選手ですね。
オリックスT-岡田選手も履正社
ロッテのドラフト1位の安田選手もいます。

大阪は私立高校が強くて公立高校は弱小です。
その中で異彩を放っていたのが、公立高校である渋谷高校でした。
あの「ノリ」こと中村紀洋選手です。
大阪は公立高校が甲子園に出場できることはほとんどなかったのですが、彼の活躍で出場を果たします。
結果は初戦敗退ですが、印象深い選手でしたね。
高校時代から豪快なスイングでした。



まとめ

なつかしさでついつい書いてしまいました。
考えれば、私の子供時代は野球の話題が多かったです。
サッカーをする子供たちも少なく、将来プロ野球選手になりたいというのが当時の子供の夢でしたからね。

一時野球よりもサッカーという時代もありましたが、今はいろんなスポーツを選べる時代になりましたね。

 

 

Copyright ©悪魔の尻尾 All rights reserved.