悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

深川恋物語 宇江佐真理

髪結い伊三次シリーズとは違い、江戸の庶民の恋物語を描いた短篇集。
あまり期待はしていなかったが、これがなかなか良い。
時代劇が好きな人、ハーレクインのような恋愛小説が苦手な私のようなおっさんにもお勧めかもしれない。

「下駄屋おけい」
下駄が好きな商家の娘、おけいの物語。
下駄職人の彦七の作る下駄が非常に好きで、下駄屋の息子の巳之吉とは幼なじみ。密かに心を寄せていたが、家の格の違いから結婚する事はありえない状態。
そんなおけいも年頃になり、縁談が持ち上がる。巳之吉は若気の至りで下駄屋を追い出され、勘当同然の身の上。

結婚するにあたって最期の下駄を新調してもらうことになった。彦七にしては出来の悪い下駄で何度も注文をつけるおけい。
しかしその下駄を作っていたの勘当された巳之吉であった。
巳之吉といっしょになるために、今回の縁談を破断にし、家格を乗り越えて下駄屋の女房となるおけい。
なんだかうれしくなるような気持ちのよい物語である。

「がたくり橋は渡らない」
花火職人の信次は貧しいながらもおてるという恋仲の娘がいた。
おてるのは母の病気でおてるは信次と別れてお金持ちの老人の世話になることに。
それを知った信次はおてるを刺し殺し、自分も死のうと決心する。
しかしおてるの家の近くで待ってもなかなか帰ってこず、近所の夫婦に家に招き入れられ、色んな話を聞く。
その夫婦にもいろんな苦労や思いがあり、そんな話を聞くうちに自分が早まったことをせずに、新たな生き方を考えるようになる。
無理心中、ある意味ではストーカー殺人を思いとどまった、なんとも重たい話です。

「凧、凧、揚がれ」
凧作り職人の末松は近所の子供を集めて凧を作るのが生きがいの人間。
凧揚げや凧作りはやんちゃな男の子の遊びである。
しかしたまに女の子でも凧に興味を持つ子もおり、近所に住むおしゅんも男勝りな女の子だったが、見知らぬ女の子が凧作りの家にコソコソと覗きに来る。
末松には3人の息子がおり、次男の正次が米問屋の手代として働いている。凧作りを覗きに来たのはその商家の娘のおゆいであった。
おゆいは末松の家に何度も来て凧作りを学んだが、元々食が細く体が弱い。病をこじらせて早逝してしまう。
おゆいは凧をつくり上げることはできなかったが、元絵は書いた。大好きな西瓜の絵。末松はその絵をもとにおゆいの希望であった尻尾のない凧を作り上げる。
おゆいの供養として寺への奉納を考えていたが、正次に凧は揚げてこそ供養になると考え、親子二人で凧をあげる。
本当に良い話だが、罪なき若い女性が亡くなるのは悲しすぎるなあ。当時は体が弱いということだけで長生きができない,.正次とおゆいの未来を想像すると切ない。

「さびしい水音」
大工の佐吉の女房は幼い頃から絵を書くのが大好きなお新という女性。
お新は嫁入りに持ってきた文机に向かって絵を描く。もともと先生に弟子入りしたわけでもなく我流だが、この絵の評判が良くなり、あれよあれよという間に売れっ子の絵師になる。
絵師になって金を稼ぐとその金を無心する人間も出てくる。佐吉の兄夫婦である。そして佐吉自身もお新の稼ぐ金を期待するようになってしまった。
子供こそいなかったが、二人はもともと非常に仲の良い夫婦である。佐吉もお新もお互いに心を一つにしていた。しかし絵師として売れ、お金を持つに連れて心が離れていくということを描いた物語である。
なんとも辛い。どちらも幸せということがするりと抜け落ちてしまった。
悪者は兄夫婦。特に兄嫁のお春は底意地が汚そうな感じで描かれている。兄もおとなしいけれどずるい感じがする。結局彼らもお新のお金を当てにすることで自分で努力を忘れ、夜逃げするはめになったのだが。
幸せとは何か少し感がさせていくれる。

「仙台堀」
乾物問屋の手代である久助が主人公。
取引先である紀の川という料理やの板前は無口で気難しい。
そこの跡取り息子の与平は腕は確かでなかなかのイケメン。
与平の妹のおりつが久助に惚れており、紀の川の女将さんも久助を好んでいて、縁談を申し込まれるが、久助は乾物問屋のお嬢様のお葉のことが気になって仕方がない。
お葉は体が弱く、いわゆる行かず後家と言われる存在。そして幼なじみであった与平に心を寄せているが与平は蕎麦屋都の娘と祝言を間近に控えている
おりつのことが嫌いではないが、この縁談は断りたいと思っている。しかし元々が優柔不断な性格で断れず、強引に話を進めていかれる。
そして久助、お葉、与平、おりつという4人で話しあおうということになった。そして事件はおこる。
4人であったその日に与平はお葉に軽はずみな気持ちで情けをかける。
後日、与平は蕎麦屋の娘と祝言をあげ、お葉は失踪。結局、気持ちを断ちきれず、入水自殺したらしい。
与平の新婚生活もうまく行かず、離縁。おりつは別のところへ嫁ぎ、久助は相変わらず独身をしばらく通す。
乾物問屋の番頭となった久助は貫禄も備わり、やっとのことで結婚するが、過去のことを思い出すとほろ苦い気持ちになるという物語。
これも後味は良くない。与平がお馬鹿であることはわかるが、久助の優柔不断な態度も良くない。
乾物問屋の主人が勝手に縁談を進めたことに怒るシーンがあったが、ものの見事に関連人物を見切っていると思う。やはり商家の主たるものは人間を見抜く力というものが備わっているのだろうか。

「狐拳」
まさに小説の題材たる作品だなと。
材木問屋の内儀のおりんの物語である。
おりんは深川芸者であったが新興の材木問屋信州屋の竹次郎の後妻となった。
竹次郎には先妻との間に新助という子供がおり、長男で跡取り息子。しっかりした跡取りになるように手塩にかけて育てる。
竹次郎の先妻は暖簾分けの前に働いていたところの女中であったが、仕事に忙しすぎたため、間男に入られ、逃げられたということで非常に困っていたのである。
おりんは芸者でありながら板前風情と恋仲になり子供ができてしまう。しかし責任を取らずに言い逃れをしようとする板前に愛想を尽かし別れることになる。別れたのは良いがその店のお代を払う時に財布を忘れたことに気づき、その代金の肩代わりをしてくれたのが竹次郎であった。
おりんは結局娘を生んだものの、芸者で育てることはできず、娘を植木屋に養子に出してしまう。
おりんは座敷で竹次郎と再開し、あの時のお礼をいい、竹次郎は女房に逃げられたために非常に困っているということを告げ、二人は一緒になることになった。
自分の子でなかったためによりいっそう手塩にかけて育てた長男新助であったが、最近は小扇という芸者に入れ込んでいるらしい。
そんな新助をたしなめようとするが、継母であることからどうしても引け目を感じてしまう。そして竹次郎との子供である実子の清次を跡取りにすればと言われてしまう状態。二人の異母兄弟は性質が違うためか仲は悪くない。
小扇に入れあげている息子のために竹次郎はついに大枚をはたいて芸者の小扇を身請けすることになる。
ところが小扇は新助の妻にはならず、女中でいいという。合点がいかないおりんは小扇に直接会うことにする。
ここまでの設定でよほど鈍い方でなければこの後のストーリーは想像できる。今までにもありがちの設定である。
しかし実際に読んでみるとやはり涙をさそう物語である。日本人はこういうシチュエーションに弱いのだろうか。わかっていながらもホロリとしてしまう。
そして最期のところは本当にいい感じのエンディングであり、ここまで続いたマイナスイメージのエンディングからは程遠いハッピーエンドで締めくくられている。


深川恋物語 (集英社文庫)

深川恋物語 (集英社文庫)

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